アルビBBの高森さんがツイッターで紹介してたので、読んでみました。
かつてアルビBBに所属していた韓在奎選手が、先日の韓国KBLのドラフトで指名されたというニュースです。

ということで自分なりに訳してみました。

元記事はこれ↓↓
http://news.naver.com/sports/index.nhn?category=kbl&ctg=news&mod=read&office_id=003&article_id=0003962860&date=20110713&page=2


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波乱万丈韓在奎、バスケ人生第二幕スタート


「韓在奎選手は、2011年KBL二軍ドラフトの全体3位でソウルSKの指名を受けました」

字を見るやいなや鳥肌が立った。期待をしなかった訳ではないが「まさか私が」という気持ちがもっと大きかったことは事実だった。韓在奎(28)が描いたKBL所属プロ選手の夢が叶った瞬間だった。

韓在奎は、事情が多い選手だ。バスケ人生自体が反転に反転を重ねる一本の映画のようだ。

九老高~慶煕大を卒業した韓在奎は、197cmの長身に力と技術を兼備するPFとして嘱望された選手だった。高校2年の時には青少年代表常備軍に名前が挙がることもあった。最終リストに名前が挙がることが当然だった雰囲気だったが、予期せぬ怪我が足首を襲った。

始まりに過ぎなかった。2006年新人ドラフトでは脱落という苦杯を飲んだ。ずっとバスケのボールと共に生きてきたが、バスケを辞めなければならない状況になった。

しかし、学校の助けで機会を得たことを生かし、日本のbjリーグに進出した。韓在奎のbjリーグ進出は韓国人第1号だった。韓在奎が先駆者となって以降、毎年2~3人の韓国人選手がbjリーグに進出している。当時韓在奎は日本語ができなかったが、バスケができると考えとにかく日本へ渡った。

認められた。2006~07シーズンは新潟アルビレックスで大活躍し、2007~08シーズンは強豪大阪エヴェッサへ移籍した。大阪の優勝に貢献し、蔚山モービスとの韓日チャンピオンシップにも出場した。

今度は国が呼んだ。韓国の健康で丈夫な男子ならば皆が経る国防の義務。韓在奎は悩んだ末順調だった日本での生活を辞め、ソウル市麻浦区公営駐車場で駐車管理員として公益勤務を始めた。2009年5月のことだ。

韓在奎は「私が考えるバスケがうまくできている生活で、もどかしかった。しかしどうせ行かなければならない所ならば少しでも早く行ってこなければならないと判断した」と話した。必ずコートに戻るという考えとともに、公益勤務要員として過ごす間にもボールを置くことはなかった。社会人バスケ同好会に出たり、ウェイトトレーニングも休まなかった。午後5時に出勤し午前8時に退勤する殺人的日程にも運動をほとんど休まなかった。

しかし周囲は「またバスケをやれるつもりなのか」「1年でも早くバスケを辞めて社会に出ろ」と韓在奎を説得し始めた。

韓在奎は「公益勤務要員として2年ほど休み、またバスケをできるかという不安感があったことは事実だ。またバスケのボールを手にすることが正しいのかどうかという悩みも本当に大きかった時期だ。しかし『バスケがもうできない』と考えると心残りがとても大きい。未練も大きく残ったし、もっとやりたいという考えが強くなった」と話した。

韓在奎は先月召集解除後、知人の助けで徽文高バスケ部に加わって練習をした。10歳以上年下の後輩たちとともに汗を流したが、恥ずかしさはなかった。切実だった。

どれほどバスケをやりたかったのか、韓在奎は12日にSKの指名を受けるないなやSK選手団に合流し、夕方の練習に参加した。

韓在奎は「幼いころから目標だったプロ選手になった。本当にうれしいけど正直まだ実感がない」と言いながらも「機会が与えられるようにもっと頑張って一軍でも貢献できる選手になりたい」と抱負を明かした。

波乱万丈韓在奎の第二幕は今始まる。



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(訳:すーくー)



いやー韓在奎懐かしいですね。
KBLの事情とか仕組みとかはよくわかりませんが、二軍ドラフトってのがあるんですね。bjでいう育成ドラフトのようなもの? 詳しい人いたら教えてください。

文中にbjリーグについての記事で事実誤認があったとしても、それは元記事がそうなっているんだからね(´A`)

でももし決定的な誤訳があったら教えてくださいm(_ _)m



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