こんにちは。
プリントカフェです。

今日の商品はいつでもどこでも必須アイテム【名刺】についてお話しましょう。

実は弊社と名刺は切っても切れない縁!
2007年サイトオープン当時から販売している名刺は愛着あるアイテムです。

一般材質、高級材質、プラスチック材質、ハイブリッドなど他社にはない材質で
個性ある名刺に仕上げることを目標に常に最善を尽くしています。

一般材質とは? 詳しくはこちらら>>
純白色で一般的によく使われているシンプルなマットコート215kgです。
ラミネート処理をした仕上がりは、落ち着いた雰囲気で少し光沢が出るように
仕上がります。また、破れにくく湿気に強い特徴もあります。

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高級材質とは? 詳しくはこちら>>
エンボス、パールなど、多様な質感で高級感が感じられる材質です。
強度と発色が優れ、あらゆる用途での使用が可能です。

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プラスチック材質とは? 詳しくはこちら>>
水気に強く耐久性が有り、名刺やメンバーシップカード等に
最適なプラスチック素材です。
高級感のある仕上がりが一層デザインを引き立てます。

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『安い!早い!良い!』をスローガンにしている自慢の定番アイテム【名刺】を
是非ともお試し下さい。


自分の言葉と行動に責任を持つのは人格の成長にとても重要な過程です。
人は不完全なものです。そのため難しいことがあったり困った状況に置かれた場合、いつでも他人のせいにしたり言い訳したりします。
「そうするしかなかった」とか「しょうがなくやったことだ」と言います。
これと似たもののうち会社で一番よく聞かれる言葉は「私はやりたくなかったのに、上司が(または部下が)…」です。共に責任を逃れる時に使う言葉です。人は当然、自分の言葉と行動に責任をとらなければなりません。
勿論、当然そうしなければならないことを知りながらもなかなかできないことだらけですが、そうしようと努力しなければなりません。そんな点から今日は会社や社会でよく経験する、いくつかの責任逃れ行為を取り上げて自分自身を振り返る時間を持ちましょう。

命令と指示を伝える時
責任を逃れようとする行動のうちで私が一番敏感に反応するのは、他人を引き合いに出して自分の主張をするケースです。
「社長がそうしろと言いました」または「部下が反対します」というふうに言います。本当によく使うし、よく聞くと思いませんか?これは必ずしも会社だけではありません。どこでも聞かれる言葉です。
この言葉は他人を引き合いに出して自分の主張をする典型的な例です。
この言葉は「私は違うけど社長が言ってたことだから。私のせいじゃない」というものです。
「私は違うけど部下が反対するから、上司であるあなたの考えには同意できません」という時もあります。
しかし実際は全くそうではありません。実際は「私がそう思っている」のです。
しかしそう言うと色々な面で気まずいため、上司や部下を引き合いにするわけです。

最近の我が社がこのように言う人のせいで被害を受けたことがあります。
私たちが461号を使おうと461号家主に聞いてみました。
 "もし461号のテナントさんが461号の契約を延長しないのなら、私たちが借りたいですが、どうでしょうが?"この質問を聞いた461号の主は契約状況を調べて、'2013年12月にならないと契約は終了しません′と答えました。
だから私たちも "分かった"とはなし、終わりました。残念ではありましたが他人に被害を与えることはできないからです。
ところが、家主は私たちに貸したほうが良いと思ったみたいです。おそらく、我々が家賃を延ばすことなくよく支払うからでしょう。だから、家主が461号テナントさんにこう言ったそうです。
  "ヨスルンがこの部屋を借りたいと言っていますので空けてください"と。
私たちを引き込んだのです。だから今461号との仲が良くないです。人々は誰もがそのように逃げようとします。
このように他人を巻き込んで話してはいけません。

他の場所でもそうですが、YUSURUNでは特にこのように話をしてはいけません。
この言葉は責任逃れです。特に中間幹部たちは上司にも部下にも絶対にこの表現を使ってはいけません。
上司は指示する人です。上司の指示は納得できるものもありますが、納得できないもののほうが多いです。人は全て違うからです。
上司の指示の中で納得できるものだけを伝達したり執行し、納得できないものはやらないのは組織を破壊する行動です。上司の指示は納得できても納得できなくても自分が責任をもって執行しなければなりません。それが組織人の行動様式です。
上司の指示と命令を部下に伝えなければならない中間幹部はもっとそうです。中間幹部は上司の指示を受け、部下に対して上司の指示を伝え行動させる位置です。
この時、中間幹部は上司の指示を自分のものとして受け入れなければなりません。
納得できなくとも納得して、自分が納得した内容として部下に指示をしなければなりません。
それを適当にやってはいけません。同意していない内容であっても、上司の指示を部下に伝える時は自分の言葉で伝えなければいけません。
上司の指示を部下に伝える時、上司の指示であることを暗示してもいけません。
上司だけでなく自分の指示として伝えなければなりません。責任を持たなければいけません。

この点を理解するのはなかなか難しいかもしれません。
しかしとても重要です。
特にYUSURUNが成長する現時点で、この点をよく理解することはとても大切です。
組織では第一線の構成員を除いては全員が幹部です。初級でも中間でも高級幹部です。
そしてYUSURUNでは一線の構成員だとしても、じきに初級幹部になります。YUSURUNは急速に成長しているからです。そのためYUSURUNの全ての構成員は今の私の話をよく理解しなければなりません。

会社で仕事をしていると悪役をやらなければいけない時がけっこうあります。
幹部なので解雇通達をしなければならない時もあります。懲戒委員会回付を伝える時もあります。職位解除を通達しなければならない時もあります。
もしくは取引先に取引中断を通知しなければいけない時もあります。または取引先の不正を指摘しなければならない時もあります。やりたくない仕事もしなければなりません。
そんな悪役をする時、中間幹部の人が「私は同意しなかったが、組織の決定なのでどうしようもない」という風に言ったなら、それは組織人としての行動規律に反します。
行動規律に反するだけでなく卑劣な行為です。今すぐには自分は助かって組織を殺す行動ですが、結局は自分も死んで組織まで殺す行動です。絶対にやってはいけません。

これは中間幹部だけが経験する苦痛ではありません。CEOの私も同じです。
頭がまともなCEOであれば大部分は解雇を嫌います。
部下にも家族がいます。部下にも名誉があります。それに長い間苦楽を共にしてきました。
それなのに解雇するしかない場合があります。私もつらいです。数日、いえ数ヶ月悩みます。
それでも私は時が来たら解雇します。最善を尽くして守る方法を探しますが、到底私の手におえない場合はそうします。これもまた私が避けてはいけない事なので正直に話します。

こういう場合は私もとても辛いです。避けれるものなら避けたいです。
私もそんな過程を数え切れないほど経験してきているので、解雇命令を伝える幹部の立場も充分に理解できます。しかしそれも人生のひとつの過程であるため、受け入れなければなりません。
解雇通達をする時、私は「私は違うが他の人が…」という言うことはできません。CEOだからです。

しかし私はCEOでない時もそのようには言いませんでした。敢えて社長の指示だとは言わず、ただ事実だけを通達しました。他の人を引き合いに出すのは、それ自体が責任逃れの行動だからです。

本当にやりたくなかったり、または自分は到底同意できない指示と命令を部下に伝えなければならない時、その命令を上司の命令だと言わずに自分の命令だと伝えるのはかなり難しいことです。
しかし絶対にこうしなければなりません。上司を引き合いに出さず自分自身の決定だ言って指示し命令しなければなりません。そのためにはそれこそ自分の脳を洗脳しなければいけません。
自分の考え自体を変えなければいけません。自分は同意していないのに同意したふりをするのではなく、本当に自分のものとして伝えなければいけません。それもなかなか自分のものにできない場合は、論理を作ってでもそうしなければいけません。
これが正しいという信念を作って行わなければなりません。それが組織人が行動する方式です。

到底執行できなけれれば上司と相談しなければいけません。
部下に心にもない指示と命令を出すよりは上司に食ってかかったほうがいいでしょう。
それが勇気ある行動です。上司と対話し討論しなければなりません。
それにより上司が意向を変えたり、自分の意向を変えたり、もしくは合意案を引き出さなければいけません。そうやって部下に指示する時はその指示が上司の指示ではなく自分の指示にならなければなりません。
充分な対話と討論をしたにも関わらず上司が主張を曲げず指示する場合、無条件執行するのが原則です。最善を尽くして説得して対話しても、上司の意向が変わらなければそれで充分です。
上司も決して馬鹿ではありません。
上司には上司の考えがあります。上司の判断があります。その考え、その判断を尊重しなければなりません。組織では上司に服従しなければならないので上司の判断を尊重しなければなりません。
こういうときはできれば上司の命令と指示を自分の考えとして受け入れて執行しなければなりません。

しかし問題は、到底上司の命令と指示を執行する自信がないと看做される時です。
しかしよく考えればそんなケースはありません。組織で一番やりたくない執行は解雇通達です。
解雇通達ができれば執行できない命令や指示はありません。それにも関わらず感情的に到底できないこともあります。人間なのでどうしようもないことです。
こういう時は確信もないのに命令と指示を執行する代わりに、執行ラインから少しの間離れるのがいいでしょう。組織においてはとても危険な行動です。
個人にも決してよくありません。必ず昇進と年棒交渉に不利な要件になります。しかし自分自身を納得させられず部下に上司の命令を伝えたり執行するよりはかえって正直かもしれません。

「私は同意しますが、部下が反対しますので」という言葉は組織人が言ってはいけない言葉です。特に中間幹部はこの言葉を絶対に言ってはなりません。組織は独裁です。
執行は上から下に行うものです。中間幹部は絶対に部下の代弁人ではありません。
中間幹部は必ず上の幹部の側に立たなければなりません。
組織で幹部は部下を代弁するような行動をしてはなりません。なので上司に向かって「部下が本当に苦労しているのはご存知ですよね?」という風に言うのは組織が何たるかも知らない幹部の行動です。上司が部長だとしましょう。こう言わなければいけません。
「部長、今、おやりになっていることは部下の反発を買います。こうした方がいいと思います」
即ち、中間幹部は部長の側に立って部下を指揮する方案を作るべきだということです。
中間幹部は上級者の参謀であって下部の代弁人ではないからです。

上司の指示を執行する時、遠まわしに言わずに自分の意見として部下に指示しなければいけないと言いましたが、その反対も同じです。
部下の話を上司に伝える時も同じです。部下の話を伝える場合は、部下の意見として話してはいけません。部下の言うことが正しく自分も同意できるので上司に伝えるのです。
勿論この時も部下を代弁するのではありません。
本質としては上司に部下の事情を正確に報告し問題が出ないように措置することです。決して部下を代弁する行動ではありません。
 
この話は理解してもらえるでしょうか。
組織論を講義すると「原理」と「適用」を区分できない場合がよくあります。
「組織は独裁」というのは本質です。しかし解決は民主的な方法で行います。適用です。組織運営の原理は独裁ですが、適用する時は民主的方法で行うということと、組織で中間幹部は上司の参謀でなければならず、部下の代弁者であってはならないという原理と、その適用においては部下を代弁するものでなければならないという内容が、よく理解できるかどうか分かりません。

これを組織論哲学では「矛盾自体は敵対的だが解決は非敵対的方法な方法を適用する」と説明します。難しいです。もう一度説明します。
組織内で異なる見解があれば一つは消えなければなりません。
そんな面から互いに異なる見解は敵対的関係だと言えます。しかしその見解をひとつにする時、見解の所有者を殺して意見を統一させるのではなく、対話し説得し討論するという非敵対的方法を使いますが、これを「敵対的矛盾だが非敵対的に解決する」と表現するのです。

上司の参謀であるため部下の代弁人であってはいけないのが原理です。この原理をただしく適用したのが上司と見解を共にしつつ部下の苦しい事情を解決するということです。
まとめてみましょう。上司の命令と指示を伝える時でも部下の事情を上司に伝える時でも、いかなる場合でも一番大切なのは、言葉だけをそのまま伝える人になってはいけないということです。
自分の判断と自分の選択で話して行動しなければならないということです。


意見を出すとき
業務を報告する時も自分の話と行動に責任を持たなければなりません。
私は「A案、B案、C案があります」という報告を受けた時は必ず聞き返します。
「ではあなたの案はどれですか?」私もそれくらいは分かります。
私だけではありません。上司ならA案、B案、C案があるということぐらいは分かります。
本当に知りたいのはA案、B案、C案のうちどれがいいのかということです。
私は報告する人が1つの案だけ明確に提出してくれることを望んでいます。上司は馬鹿ではありません。B案を見ればA案とC案があることぐらいは分かっているからです。

「A案、B案、C案があります」というのは、まるで選択権を上司に与えているように見えますが、実は部下がしっかり考えてこなかったというだけです。上司は忙しいのです。外見ではやることがなくブラブラしているように見えますが、常に考えているのです。
そして決定すべきことも山積みです。そんな上司の役に立つためには、ただ提案書にサインするだけでいいレベルにまでまとめておくことです。疑問があれば質問するでしょう。
間違っている部分があれば指摘するでしょう。
そんな上司に「A案、B案、C案があるので一生懸命考えて一つ選んでください」という部下は怠け者です。何も考えていません。自分が一生懸命比較してみて、検討してみて、一番いい案を上司に提案しなければいけないのに、比較検討を上司にやらせる部下を持った上司は可愛そうです。

「部長、部下がこう言っています」。だからどうしろというのでしょう?部下の意見を受け入れよということでしょうか?それとも黙殺せよということでしょうか?会議を開けということでしょうか?何を望んでいるのでしょうか?
それでも仲介者でしょうか?客観的な状況を伝達することもあるでしょう。
しかしできればちゃんと考えて、解決手段を提案するべきではないかということです。

一番優秀な討論者は自分の論理が明確な人です。
論理が明確な意見は反対もしやすく、賛成もしやすいものです。
一番頭の痛い討論者は、自分の意見が明確でない討論者です。反対しにくく賛成もしにくいです。
同じです。意見が明確な部下の報告は反対でも賛成でも上司として決定が出しやすいものです

ここで整理したいことは自分の責任です。
上司に報告する際に「A案、B案、C案があります」と言うのは安全です。
できるだけ部下として最終案を提示せず、最終選択を上司がするからです。
部下がこんな風では上司もつらいです。サインするだけで片付けたいのに、比較検討までやらなくてはいけないからです。


意見が受け入れられないとき
人生の中で本当に困り果てる時があります。上司が本当に無能な時です。あり得ます。
私も何度か経験したことがあります。そうでなかったらいいのですが上司が無能な時、部下はつらいです。こういう時組織人はどうしたらいいでしょうか?

正解は自分に与えられた仕事をしっかりやることです。他の方法はありません。

中国人が心から尊敬する指導者の中の周恩来総理をあげてみましょう。
毛沢東時代に25年間総理をしました。中国改革開放の父、鄧小平は毛沢東を評価する時に「功が70%で過ちが30%だ。過ちを犯さない人はいない」と言いました。
そしてこれ以上の毛沢東への非難を中止させました。毛沢東は中国革命の最高指導者で、毛沢東がいなかったらあの有名な長征も国共合作もなかったかもしれません。社会主義中国の誕生は難しかったでしょう。
そんな毛沢東が建国以後、大躍進運動を起こして中国を苦難の時期を率いて、文化大革命を通じて動乱の時代を引っ張っていきました。この混乱の時期に周恩来が総理としていました。
周総理が死ぬ時に彼の家にはそれこそテレビと普段着ていた服が何着かだけという簡素さだったそうです。そんな周総理は毛沢東の「過ち」の時期も総理でした。
周総理は毛沢東の極左翼路線を批判しませんでした。周総理は毛沢東の極左翼路線を反対しませんでした。総理職を捨てることもしませんでした。
そんな周総理を国民は卑怯だと非難しませんでした。周総理が死んだ時、中国人民は天安門広場に集まって心から涙を流しました。

周総理がいたから鄧小平が助かりました。周総理は毛沢東が極左翼路線を行っている間、鄧小平をはじめとする改革勢力をできるだけ保護しました。周総理がいたので鄧小平世代が中国を受け継ぐことができました。そのため周総理は今も人民の総理として記憶されているのです。

組織とはこのようなものです。
長い目で見なければいけません。最高リーダー、または上司との関係を部下がどのように結んでいくのかという模範を周総理から学ぶことができます。CEOを、もしくは上司を非難して批判することは組織を破壊する行動です。周総理は毛沢東を批判したり総理職を捨てることもできたでしょう。
しかしそうした場合、中国はどうなっていたでしょう? 鄧小平の時代はなかったのかもしれません。

私は皆さんにだけこのような要求をするのではありません。
私は以前にも経験し、今現在も経験しています。私は私が属する組織のリーダーを非難しません。
批判もしません。なぜなら彼も同じように限界のある人間だからです。そして批判して非難したからといって上司が自分自身を変えることもできません。
私は批判と非難は人を変えるのではなく、かえって狂わせると思っています。
そのため私は自分が属する組織のリーダーを非難せず絶対に批判しません。ただ私ができる事を黙々とやります。

私はそんな点を周総理から学びました。他に方法がないからです。
そして私が直せることではありません。人にそのように教えても変えることはできません。
どうしようもありません。もし変わったなら本当に幸いで、そういかない場合はそのままにするしかありません。そんな中でも変わる可能性が一番高いのは、自分がやるべき事をしっかりやっている時です。

問題だらけの夫がいます。妻が批判して非難したからといって夫が変わるでしょうか?
そのように批判・非難して変わる可能性はゼロです。どんな条件でも妻としてやるべきことをやっていくしか方法はありません。

問題だらけの妻がいます。夫が小言を言い怒鳴ったからといって変わるでしょうか?
同じように批判・非難して変わる可能性はゼロです。どんな条件でも夫としてやるべきことをやっていくしか方法はありません。

問題だらけの上司がいます。真っ向から攻め込んで酒の席で非難したからといって変わるでしょうか?そんな事は絶対にあり得ないと断言しましょう。
上司の問題はそのまま放置してください。自分の仕事を黙々とやるしかありません。辛すぎるでしょうか?それも人生です。
自分の仕事だけでもしっかりやって待つしかありません。これが人生です。


充分に理解できるように建議したのに受け入れられなかったので会社を辞めたいですか?
辞めるのもひとつの方法です。
気に入らないからと離婚するような愚かな選択ですが、それも選択は選択です。

建議をして助言することは部下の義務ですが、受け入れる受け入れないは上司の責任です。

これは人がどうこうできるものではありません。
しかしひとつ確実なことは、それでも変わる可能性があるのは唯一、自分の仕事をしっかりやっている時だけです。

一番良くない行動は「いくら建議しても受け入れられない」と偉ぶるケースです。
この言葉は一番良くない非難と批判です。自分は優秀で上司は間抜けだと宣言しているのです。
建議はしたらそれで終わりです。受け入れる受け入れないは上司の責任です。

会社員は会社を辞めることができます。辞める辞めないは自分の選択です。
しかし辞めないなら上司を非難してはいけません。必ずしも会社だけとは限りません。
家庭でも同じです。離婚することができます。離婚するしないは自分の選択です。
しかし離婚しないのであれば相手を非難してはいけません。批判と非難では人を変えることはできません。
ただ自分のすべき仕事を黙々とやり、あとは天にゆだねなければなりません。
それが組織人として、いえ、人として最善の行動です。


人事を尽くして天命を待つ(盡人事待天命)です。  ☆*゚ ゜゚*☆*゚ ゜゚*
私が扱っているアイテムは、楽天などのオープンマーケットでは売ることができません。
名刺、ステッカー、懸垂幕、ちらしなどは既製品ではありません。注文製品です。既製品と全く違います。まず、サイズが違い、後加工があり、枚数が違います。また、ファイルが行き来しなければならず、再注文プロセスが必要であるため、製品サイトでは販売が難しいです。
最初から既製品販売サイトとは全く違うプロセスを持っています。ずっと複雑です。
ですので、独立型モールが必ずなくてはなりません。

以前、宅配段ボール販売サイトを運営していました。宅配サイトでも既製品販売は別になっています。サイズがまったく違うし、種類も多様なため、既製品販売サイトには合いません。
やはり独立型サイトを作らなければなりませんでした。

もちろん、独立型サイトをオープンしなければ売れない製品の長所もあります。誰でも簡単にはできないという点です。楽天で売ることができる製品は、ある意味では誰でも扱える製品です。競争が激しくなるしかありません。

では、独立型サイトをオープンすると、一体どの位費用が掛かるのか?
サイトを作成する費用は、5万円から数千万円までです。
サイト一つ作るのにいくら掛かるか?と聞くことは、車は一台いくらか?という質問とまったく同じ話です。中古車はただでもあります。しかし、ある車は極端に言えば何十億するものもあるということです。ホームページ制作も同じことです。

私がwww.adprint.jp をリニューアルした際の経験談です。
本来のサイトを捨て、完全に最初から作り直しました。
2009年9月1日、超一級プログラマーが参加しました。12月末までさまざまな事を学びながら、業務を把握しました。途中で別の仕事も少ししましたが、その仕事も結果は業務把握の一つだと見ることができます。CEOの立場からは、それも苦しかったです。
プログラマーは業務をしっかりと把握しなければなりません。利益にならない“業務把握期間!”
その時期から計算すれば、サイト完成まで9か月半となります。

www.adprint.jpをクリックした方の中には“この位のものを作るのに9か月もかかるの?自分が作れば1か月で十分”という方もいるかもしれません。
1名の超一級プログラマー、1名のウェプデザイナー(高級)、1名の編集デザイナー(初級)
1名のコンテンツ企画者(高級)、1名の補助企画者(初級)で、計5名が関わりました。
三名は9月1日から、二名は2月頃から参加しました。
このホームページは、初めて十分な時間をかけて作りました。私も2002年から無数のホームページをオープンしました。大体が何もわからない状態で作りました。
企画、設計過程を任せていました。私がプログラマーではないからです。
今回も同様でしたが、十分話し合いをした過程で作りました。
私も初めは、ホームページ制作には2~3か月で十分だと思っていました。
しかし、ちゃんとしたホームページを製作するには6か月は基本となるようです。
この期間が長かったせいか、オープン当時www.adprint.jpは表だけしっかり見えていただけで管理者ページやその他いくつかの重要機能は抜けてしまいました。利用者の立場からはある程度は使えるが、内部的にはまだ工事中の状態でした。
内部もある程度整ったのは、それから6か月ほど過ぎた年末でした。

これで完成ではありません。ホームページはbugと共生という宿命を抱えています。
ホームページはアフターケアーが、開発より費用がもっと掛かります。
現在(2013年1月現在)www.adprint.jpには開発者が5名、ウェプデザイナー2名、ウェプパブリッシャー2名、コンテンツ企画者2名です。嘘みたいな数です。
私もネット電子取引の創始期時代です。ある程度のことは理解しています。
www.adprint.jpの開発とウェブ運営メンバーは、超一流の陣営です。この陣営を備えているにも関わらず、今でもホームページは工事中です。いまだにbugだらけです。
当然ですが、www.adprint.jpプログラムは印刷、販促物分野のサイトの中でも最高の水準です。
それでもいつも、問題だらけです。
私は楽天、ヤフーショッピングなどの既存モールに入店する方法を知りません。
ただ、私は独立型サイトの設立を話しているのです。
ショッピングモールの設立と運営!
これはCEOの胸を締め付け、血の気がうせることでもあります。
そして、何よりもそんなに小資本でできることではありません。

もちろん小さな店をオープンするなら、大してお金は掛かりません