昨夜、希少ガンでご主人を亡くされた女性と話した。



彼女が経験したことを



苦しんでいる人の役に立てられないか?



と、話は始まった。




癒されることは大切だけれど



わたしたちはもっと違うことも知ったはず。



彼女は時折、それを短い言葉で伝えてくるのに。



それが本音だと感じるから



簡単に肯定できなかった。





わたしが主人を亡くして間もない頃に



アドバイスしてくださった方々を思い出した。



『辛いのに無理して明るくしなくていいのよ』



『本音を吐き出しましょう!』




それは思いやり。



ありがたいと思う。




けれど、そういうことではないと



心がつぶやく。




寂しさ、苦しさ、悲しさ



辛く感じることはたくさんある。



だけど、それも主人と出会って



主人が残してくれたこと。



だから辛さを感じながら



その感情の中に幸せを感じる。



無理しているわけではなく



これも人生で味わえることだと



彼から身をもって教えてもらった。




経験しないとわからない感情なのかもしれない。



わたしも以前はわからなかった。



イヤなことは起きない方がいいし



できれば楽しい毎日を過ごしたい。



しかし、それでは得られなかったものを



いまは持っている。




話をした彼女は



それに気づきながら



それが邪魔になると言った。



よくわかる。




理解されることは少ないだろう。




だけど



年老いて相方を亡くされたご夫婦の



言葉の中に共通点をみつける。



今朝もテレビで



『松岡和子さん』とご主人の愛に



触れさせていただいた。



こういうとき



いつも見せてくれる



ジュンくんだね、きっと。




若くして姿を消してしまった



彼女のご主人やわたしのパートナーは



きっと『進化』していたのだ



と、彼女と話しながら気づいた。


 


だから、進化しないと理解できない。



わたしたちは、その生き様を目の当たりにして



何か心に感じている。




それを言葉にしても



表面的にしか通じないことが多い。



それでも彼らから渡された



バトンを落とさないように



めげずに前へ進もうと



話した。



すごい経験をさせてもらったことに



感謝して。


お誕生日おめでとう。



亡くなった人には関係ないかもしれないけれど



やっぱり記念日



毎年いっしょにお祝いするはずだった



年に3つの



ふたりの記念日



結婚記念日と



あなたの誕生日



そしてわたしの



一人で老いていく誕生日



この日くらいは



ふたりっきりでいたいな。


これからの人生をどう過ごすか。



いまのわたしは



主人に空の上から



ダメ出しされているかな。




でもね



わたしのすべての愛をあなたに注いでしまったの。



それを超える目標って



何があるんだろうと思ってしまう。



それ以上に力が出ることを



まだ見つけられないでいる。




あなたがわたしに望む人生を送ることもまた



あなたを想う気持ちを超えることは



できないでいる。




そんなことを思っていた今夜



大きな心で受け止めてくれる



ステキな女性から連絡をもらった。



いつもありがとう♡




言葉だけでは伝えきれないせつない想いを



感じとってくれるその人の中に



同じものを感じた。



彼女のことばは的確で



手をのばしても触れられないパートナーだからこそ



感じるこの感覚を



その彼女と



共有させてもらった。


闘病生活が長くなり



人生を哲学したと語る



パートナーのことば。



「元気になって何をしたいの?」



と尋ねるわたしに



世界中の人が笑顔になれるような活動



という。



笑顔になれるって



(かんたんにいうけど 



そのときは、そう思っていた。




しかし



この人は、辛い闘病中も



余命宣告をされたあとも



笑っている。



そういうことなのか。



不安避けて笑うのではなく 



彼のように何かをみつけて



自分の人生の中で笑顔になる。



いまのわたしも、そうありたいと思った。



彼のパートナーとして。


なぜ、インタビューしていたのだろう。



どうして、アルバムの写真を撮り続けていたのだろう。



自分でも不思議な



『亡くなる』ことを考慮していたかのような 



行動をしていた。





動画をつくってくださるという方へお渡しするために



彼の幼少期の写真を義父母に借りた。



そのときに渡されたアルバムを



病室で眠る彼の横で



一枚一枚写真におさめた。




彼がいなくなったら、義父母とこ縁が切れると思っていたから?




病気にかかってからの歩みを



ボイスレコーダーにも録音していた。



病と向き合う姿を



少しでも役に立てたいと思っていた。





元気になって、一緒に活動するつもりだったけれど



もしも、彼が忘れてしまったら



もしも、ひとりになったら



どこかに不安があったのかもしれない。





『思いが結果を生む』と信じて



絶対にあきらめないつもりでいたのに



自分でも気づかない行動をしていた。





そのときの記録は



まだ再生できないでいる。



怖いような



まだ受け入れられないような



時期でないような




わたしが一番向き合えていない。





それももう終わり。




世界中の人を笑顔にしたい! 





闘病中に本気で語っていた



彼の想い。





「そんなこと、どうやって?」



とたずねたわたしに



無言で微笑んだ彼の心のうちを



これから知っていく。