私の大好きな漫画に
榛野なな恵さんのパパトールドミーがあるのですが
突然、23巻のエピソード115が読みたくなって再読していました。


この巻は2000年に発行されたものです。



(以下ネタバレあり)



これを初めに読んだのは小学生の時で
出会えてよかったお話のひとつです。


当時、人には言えなかったけど

あー‥ロボットみたいになりたいな、
と考えていた時期があって、
自分で、なんて根暗なんだろう。
そんな自分はおかしいのかな、と思っていました。



このエピソード115は
そんな気持ちを共感してくれるような話でした。

姉妹で感じ方が違って、
私は共感と感じた一方で
my sisterはただ面白いと思ったらしい。


主人公の知世ちゃんの
明るくポップで哲学的な雰囲気はそのままに、
このエピソード115だけのメイン登場人物としてでてくる人物が
とても沁みました。


その人は
イケメンのパンケーキやさん店員としてバイトをしていて、

バイト終わりに空を見上げて静かに思うんです。



「5月の 日曜の

晴れた 青い空

絶望の青だ 」


って。



おー、絶望かぁ。キョロキョロ




彼はその後、知世ちゃんと会って
世間話をするんですが、
自分はロボットなんだよって自己紹介するんですね。

彼を人間だと知りながら
ロボットな人間としてふわふわ真面目に接する知世ちゃんもいつも通り良い。



ロボットには
楽しいとか悲しいとかなくて
幸せとか不幸とかもなくて

つまんなくてもいい。

ロボットにとって大切なのは
みんなを愛することで
それもちゃんとより良い正しい愛し方をすることで
自分はどうでもいいのさ。


とロボットな彼が言うわけです。


なんか、すごく、わかるなぁって
小学生の私は当時思いました。


「できた人間」になりたくて
「いい子」になりたくて
未熟でなれなくて
人間の未熟な部分が邪魔で
感情が邪魔で、
ロボットになりたいという思考回路だった気がします。




彼が漫画の中で
「心を 固く冷たく 強くする手段」
としてロボットでいたいと考える姿をみて

あぁ、そうだ、強くなりたいんだ、と
腑に落ちたような。


人に言えなくて
親にも言えなくて
誰も同じ様に考えないのかもしれないと思っていた時に
漫画の中で共感してもらえた気がして嬉しかったです。



でも、このエピソード115はこれで終わらなくて

彼は、後半、女子高生として描かれます。


彼じゃなかったのか〜キョロキョロ
とちょっとサプライズ。


明言されていないけれど、たぶん、

生物学的に女性で
恋愛対象が女性で?
イケメンとしてバイトをしていて
ロボットであり
女子高生。


だからこそのいろいろな葛藤やお話も味わい深いので
是非読んでみてください。



最後の


「私は ロボット

ラバーと
スティールと
プラスチックで

思いを閉じ込める

誰にも知られず
あらかじめ失われた 物語を


そしてまた
笑顔になるのだ

そう プログラムしよう


世界にちりばめられた
ささやかな絶望達に

耐えられるようになるまで」


という散りばめられた文章に
しずかに強い力を感じて、
暗くて明るくてそれなりに前向きで、
さすがだなぁと思いました。


んが、子供時代は
この詩をすっとばして読んでいたような気もする。
おとなになって再読するとさらに味わい深い漫画です。



この漫画のこのお話は

日本中の思春期の子供たちの中の
何人かの助けになるのではないかと思うのですが
おそらく小学生がこの物語を知り得ないだろうなと思って
切ないです。


ちなみに次のエピソードに
もロボット?彼?彼女?は出てきます。
より軽やかな感じで。

 

 


他のエピソードですが

知世ちゃんの川柳の


「わたしはね、わたしのために、かわいいの」


も好きです。


人のためじゃなく、自分のために可愛くありたいという心意気がカッコいいなと当時も思いましたね〜照れ




知世ちゃん、は

ちせちゃん、と読みますニコニコ




はぁ、私の語彙力では良さが伝わらぬ‥

【ミステリと言う勿れ】を楽しめる人は

この漫画も好きなんじゃないかなぁ、と思ったりするのですが。