午後・・・12時30分を回りました・・・。
Dear.みなさん・・・お昼休みですが、いかがお過ごし
でしょうか?
こんにちは!くまろく←です。
毎月18日は、月誕生日日として。黒い幕の自由枠として、
ブログ開始当初から書かせてもらっている日でございます。
気になる事や、気になる音楽やら映像を紹介しているのですが。
今月は・・・マンセル、グラハムのご両人は最初の映像のみ
ではちょっとだけしかありませんが。
今日のところは、正直見ないでも良いですよ〜という感じの
記事になるのかとも思いますので・・・。
ここより先をご覧になる方は自己責任でよろしくお願いいた
します。ここ以後の記事の内容に関するものに関しては、
了承したものと判断させて頂きます。
それ以外の皆様におかれましては、また明日。
お会いしましょう!
(特に、彼らが出たからといっても・・・)
特には何にもないんですけれどもね・・・。
今回のテーマは、記念日を贈ろうです。
まず初めに、こちらの歌をお聞きください。
徳永英明さんで、永遠の果てにです。
(※一部の携帯電話、からはご覧になれい場合があります。
スマホのバッテリー及びWi-Fiなどの通信速度を必要とする
場合もございます。速度制限に十分ご注意ください。
万全な体制でのご視聴を御望みの場合はご自宅のPC等から
じっくりとご覧になることをお勧めします。)
こちらの歌は、既に4年前にお亡くなりになられました。
ゴリさんと、黒田さんへ捧げようと思います。
4月と5月にお亡くなりになりまして、ほぼ同時期だったん
ですねぇ〜。
六本木にある、某カフェ営業中の店内。
がむばるベアーズ(黒い幕さん)、ゴリさんだけがその時
たまたま客としておりまして。平日の昼間の営業であの店内で
客はたった2人でした。
そこに店のオーナー黒田さんと、タレントMさんがいるという。
その時その場その空間、何と驚く事に。
余命1ヶ月を切っている2人が同時にいた訳ですね・・・。
ゴリさんとの会話。覚えてます・・・。
羽生結弦くんがフィギュアスケートで金メダルを獲得し、
プルシェンコを超える逸材になれると・・・。
世界選手権も平然と取り続けオリンピックも連覇という話は、
既にこの時からしていましたね。
そして、ゴリさんが先に帰るという時、その背中を店内から
見送ったその3日後?にお亡くなりになるという。
黒田さんもタレントMさんもその日を最後にゴリさんとは
永遠の別れになり。我々もその会話が最初で最期の会話に
なってしまった・・・。
彼を見送る背中は不思議な事に、陽炎か立っていた。
六本木の外はそんなに暑い日ではなかった。
なのに、あのタッチの上杉和也が南ちゃんと別れて、甲子園の
地区予選決勝へ赴く時のような・・・。
大きな背中の周りは六本木の景色ではなく、真っ白な光の世界
で陽炎がメラメラと揺れていた・・・。
あれ!?なんだろうなぁ〜これは・・・と。思っていたらそう
なったのだった・・・。
それから間も無くして、5月11日夜。
仕事の打ち合わせや他、連絡を取り合っていた黒田さんが。
日が変わって12日、急に連絡が取れないという事になり
事態は一変。そのまま還らぬ人になったという・・・。
かくして、東京の六本木の小さな空間に偶然揃った4人の内
2人が。あっという間に駆け抜けて行ってしまった。
そんな偶然なのか?必然なのか?わからないが・・・。
生きている内にそんな事も起きるべもないと思う事も起きる
訳ですが・・・。
人にはそれぞれ忘れちゃいけない日、記念日というのが存在
している訳で。
一番分かりやすいのは、自分の誕生日だろう。
我々がむばるベアーズにもちゃんとある。6月18日だ。
この時期の企画そのもののなのだが。
だがもう一つ大事な日がある。
それが”命日”だ。
現世で生きた自分の名前から、また別の名前になって。
我々の前から旅立ったとしても、もう一つのパラレルな?
色んな解釈はあるものの・・・もう一つの世界を生きるべく日
があるのだという。
ある人は教えてくれた。
人は生まれてから死する迄に人は2回死ぬのだ。
1回目は肉体の死であり、2回目は記憶の死だという。
誰もが避けては通れない肉体の死。そして、目を背けたいのだ
ろうが、いつかは自分にもそれはやってくる。
そして、もう一つは記憶の死。
自分という人間を知りうる人がこの世から全員いなくなった時、
初めて自分という存在が消えるのだという。
そしてある人は弔辞でこう述べた・・・。
”生前父は、人とおしゃべりをするのが大好きな人でした。
暇さえあれば、誰かとっ捕まえてはどーでもいい話を1時間
も2時間も・・・。
今日、父は肉体の死を迎えました。ですが、皆様の記憶の中に
はまだ父は生きております。
父の事ですから、きっと今でもフラフラと街の中を散歩しな
がら誰かと喋りたくては歩いている事でしょう。
どーか街の中で父を見かけましたら、お喋りに付き合ってくれ
ると父は喜んでくれると思います・・・”
参列者は、悲しむというよりも。どこかワクワクするような
面持ちで聞いていたと聞きます。
故人を偲ぶのに、何も特別な方法が必要だという事はありま
せん。どんな方法でも、いつでも、どんな時でも、故人を偲ぶ
事はできる訳です。
何もお金もかかりません、時間もそんなに必要ありません。
道具も要りません、写真や動画も要りません。
自分の中にあるものと対話するだけでいいんです。
が、しかし!
世の中そうはいかないよ!
という事もあるんです。
それは、我々一般人であれば。誰をどう偲ぼうが想い馳せよう
がそれは自由です。
何も公にする必要も、SNSに書く必要も何もありません。
故人を偲ぶのに何も義務や使命はありませんから。
しかしながら、準公人として(タレントや役者、芸人など)
社会に影響力のある人物。というのは、そうもいかないのです。
なぜか?
まずゴリさんは、あくまでも一般人であって何も亡くなってか
らどうのこうのというのはありません。
しかしながら、彼の葬儀に際してファンだったタレント達は
参列し。それをSNSに乗っけてツイートしている訳ですね。
つまり公にその行動を紹介している訳です。
彼女達は、一般人の彼の命日を知っている。という事。
すなわち自分のSNSを使ってそれを知らしめた事において、
ちゃんと責任や使命を背負った事になるのです。
するとどうでしょうか?翌年になると、そんな話題はどこから
も一切無くなるという・・・。
彼女達の中から、ゴリさんという人は消えてしまったのか?
そう捉えられる訳です。
準公人というのは、ただ自分が個人的な追悼を思うだけじゃな
くて。きちんと形に残るようにして、いつ誰がどのタイミング
でもわかるようにしておかないとならないのですよ。
仮にも、毎年毎年。命日に際して一言二言ツイートだけでもして
みてください。
どんだけこの人は義理に厚い人なのだろうか?と、評価こそさ
れど批判をされるようなものではありません。
だが逆に、最初の1回だけ触れて。翌年以後は一切触れないと
なると・・・。
この人は、何にもツイートする内容が無いから。ファンのお葬式
までもがTwitterの投稿ネタの一つに過ぎないんだな?
という解釈になるのです。
というかですよ・・・その前に。その前にもっとシンプルに
考えてみてください。
そんなコメントを打つだけで何秒必要でしょうか?
毎日毎日24時間という同じだけの持ち時間を共有している
のに、その1〜2行すら書けないものなのでしょうか?
という、実にシンプルな答えに行き着くとは思いませんか?
そんなコメント打つ暇すらないものなんですか?
どう言った事でも表現し、発信する事も彼女達の任務でもあり
使命でもあるとは思うんですが?違いますか?
全国区レベルになったタレントさんや歌手、俳優さんが亡く
なって。街頭インタビューで一般の人が・・・。
”◯◯さん、ファンだったのに残念〜”みたいなコメントをよく
ニュースでも流しますが。
そんな一般の人が、同じ俳優さんの翌年の命日になって思い
出す人こそファンでしょうが。
大方の人は忘れている事でしょう・・・間違いなく。
でも、それは一般人はまだ許されるんです。
だって、その方と一般人とで、何か仕事でもしてましたか?
何か恩恵を直接受けるような事がありましたか?
無いはずですねぇ。
しかしながら、同じ準公人の人はそうはいかないのです。
直接、お通夜告別式に参加してないならば、お別れ会を開く
とか諸々あれば。時間が許す限りは行く事が求められるのです。
準公人ともあれば、偲ぶ気持ちを表現しなければ何を持ってそ
れを現すのでしょうか?何を尊きとして準公人たる故になる
のか?追悼のマスターベーションほど、自己満足しかないです
ね?そうは思いません??
自らが率先してそういう気持ちを前面に押し出す事で、常に
そういう思いを忘れていないという。何よりも自分の評価を
高めるものでもあるはずの事だとも思うんですよね。
ましてや、ましてやですよ。
かつての恩師だ、芸能の父親だのと散々持ち上げていて。
その恩師が亡くなった・・・。
その亡くなったのにかこつけて、彼女達はライブやイベントと
して公演を打ち。一般客を集めて集金して金儲けをしたの
ですから。
それが後にも先にも一度もやっていないのならばいざ知らず。
それを2度はやっている訳ですから。
彼女達は人の生き死にを餌にイベントを組んでいる訳ですから
ね、その意味を忘れてもらっては困るんですよ・・・。
そーか、そんな事までもメシのタネにしてイベント組むんだな
この方々はという不謹慎な思いもする訳です。
確かに故人の性格を慮れば、自分の事をネタに集まれるという
のは理に適っているという見方でもできるでしょう。
もちろんそれも追悼や哀悼の意味を持つ事でしょう。
ならば聞きましょう、その追悼や哀悼の意を表するのは1回
や2回で終わりなんですか?1回や2回だけで終われる程度
なんですか?
それを公に言い表わさないで、ただの自己満足のマスターベー
ションで終わらせて良いんですか?と・・・と問いたい。
実に初めだけのイベント口実だけにそんな話を仕組んだんだな、
あの方々は・・・と。
そう、子育てすら産後3ヶ月でもう酒飲んで遊びに行きたい人
もいましたが。追悼だって、1回や2回で終わりじゃないんで
すよ!毎年、何回でもあるんですよ!
自分が生きている限りは・・・。
それだって、亡くなられた黒田さんが言ってましたよね!
継続は力なり・・・と。
これこそがその通り、継続は力なんです。
続ける事も生きる事も全てがここに行き着くんです。
ある一般の方も仰ってましたね。
”お世話になった人の命日を忘れる訳がない”
力強いお言葉をありがとう!
そうなんです、準公人よりも一般の方が覚えているんです。
そして、こちらへの批判、反論も兼ねてのお言葉なのでしょう
けれども。実はこれだけでも充分過ぎる程の”供養”になっ
ているんですね。
この方は我々よりも若い世代ですから、我々よりも長きに
渡って供養してくれる事でしょう!
だって”忘れる訳がない”という、力強いお言葉、この決意を
汲んでおりますので。
都合の良いように忘れる彼女達、以上に彼が率先して故人を
供養してくれる事でしょうから・・・w若い世代へその意思を
継いでもらおうじゃないですか!?
そう言った世代交代も、実は大きな括りの意味で言っても
”継続は力なり”なのですから。
よろしくお願いしようではありませんか!ねぇ〜w。
自分の誕生日の時だけ客を集めて1週間も、あっちのイベント、
こっちのライブで、そっちのパーティーとかで。
誕生日だけを記念日と思っている、あの方々でもありますが。
亡くなって新たな故人として出発する日も合わせて記憶する
べきでしょうね。
あえて答えは書きませんよ。書きませんが日本人ならば、
8月6日は何の日で、
8月9日が何の日で。
1月17日は何があった日で?
最近で言ったら、3月11日が何の日なのか?
それを知ってなきゃならないし。
アメリカ人だったら、12月7日が何の日で。
3月11日がどんな日だったのか?
絶対に忘れてはいけない日ってそれぞれにどっかある筈な
のですよ・・・。
あの方々ってのは自分の誕生日と12月24日か25日しか
頭に無いんじゃないですか?
そんな時だけ、引退した筈の人が1日だけ復活したり。
そんな時だけどっか場所借りて活動してる風にしたりして、
ファンからアレヤコレヤと物を恵んでもらって、カメラの前
で片足上げてニコパチでしょ!?
それのどこがエンターテイメントなの?
っていう疑問に行き着かないもんですかね???
活動の実態がちゃんとあって、それを渡しても充分お釣りが
来るだけのエンターテイメントでのお返しがありましたかと?
これは私からの意見ではありません。
”あの子はポテンシャルは相当秘めてあるんですよ。あるん
ですがファンが甘やかすからそこを伸ばそうとしてくれない。
芝居や演技の面でもっと要求したいのに、それに応えてくれ
ないで。ファンへのお返しのケーキばかり焼いて作っていて、
肝心な事をおろそかにしている。だから今回は、成長しても
らう為に外れてもらいました・・・。”
という、ある全く今まで面識のない劇団の関係者から聞かせて
もらったコメントでもあります。
ちゃんと取材しているんですよ!ネタは上がってるんです。
そうなんです、見抜かれているんですよすっかりその辺の事情
ってやつは・・・。
”◯◯ちゃんの決めた事だから・・・”
”◯◯ちゃんの思うようにやったら良い”
”誰が何と言っても、◯◯ちゃんの味方だから大丈夫!”
確かにその一途、大事でしょう・・・。
決して非難ではありません、賞賛をしたいものでもある。
だがその一途も優しさも、時に人をダメにする要因になって
いるという事もまた真実事実であって。
多少の耳の痛い話でも、そばでしてくれる人がいるといないと
では180度違うんです。
これも私の意見ではありません。
”がむばるさんがいてくれて、優しい事ばかりじゃなくて。
ちゃんとダメなものはダメと叱ってくれている人がいるから、
私は道を踏み外す事なくやってこれました・・・”
我々はそういう子へ、これからも全力で。
でもできる範囲の中で、梯子を支えて持ち続けたいと思うし。
そんな大事な子の記念日を忘れないように、刻み続けたいと
思う有様です。
それでは、そんな泣きそうなおお言葉をくれたあの子へ
この曲を捧げて終わりにしたいと思います。
改めて、ゴリさん。黒田さん。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
それでは聞いてください。
ラムジで、記念日を贈ろうです。
(※一部の携帯電話、からはご覧になれい場合があります。
スマホのバッテリー及びWi-Fiなどの通信速度を必要とする
場合もございます。速度制限に十分ご注意ください。
万全な体制でのご視聴を御望みの場合はご自宅のPC等から
じっくりとご覧になることをお勧めします。)