走り去る女性の後姿を見送って・・・
「やっぱりお邪魔だったかな・・・?」
こちらに向き直った大野さんがしれっと首を傾げる。
お邪魔って・・・
「・・・たまたま帰る方向がいっしょだっただけです」
嘘は言っていない。
俺が誘ったわけではないし。
同じ方向だからいっしょに帰りましょうと言われて、上手く断れなかっただけだ。
自ら狩ろうという気概はない。
「帰る方向が一緒ねぇ・・・」
大野さんはじっとりとした目になる。
「・・・って言ってましたけど」
本当かどうかは俺もわからない。
名前も知らない人だし。
名前も知らない人がなんで俺が帰る方向を知っていたんだろう?
不思議だ。
「へえ・・・」
相槌を打つ声も、俺を見る瞳も冷たい。
やっぱり誤解されてるっぽい?
まあ・・・家のすぐ近くまでいっしょだったわけだから、誤解されても仕方ないかもしれない。
全く下心がなかったかといわれると、ないこともなかったわけで・・・
自ら狩る気概はないけど、向こうからくるなら、まあ・・・
それくらいの下心は、全くなかったとは言えなくて。
誤解です、と強く言えないところが悲しい。
でも・・・
大野さんに誤解です、と弁明するのもなんだか変だと思う。
だって大野さんは恋人というわけではないし。
大野さんには坂本さんがいるわけだし。
そう、坂本さん。
どうして大野さんがここにいるんだ?
坂本さんとデートじゃなかったのか?
首を傾げる俺をよそに、大野さんは女性が走り去った方向へと目をやる。
「彼女・・・確かうちの総務部の人だよね?」
「・・・そうなんですか?」
ちょっとびっくりする。
同じ会社か。
やたら親しげだったのはそのせいか。
「そうなんですか?って・・・知らなかったの?」
「・・・はい」
大野さんは心底呆れたような顔になる。
「櫻井君って・・・他人に興味がないの?」
そんな事初めていわれたけど・・・
そういわれればそうなのかもしれない。
他人に強く興味を持つことはあまりない。
最低限関りのある人だけ覚えておけば生活に支障はないし。
大野さんは、軽くため息をつく。
「翔は・・・」
急に無機質な業務仕様の櫻井君・・・から、
熱を含んだ翔・・・に呼び方が変わって、ドキッとする。
こういうところ・・・大野さんは狡いと思う。
「翔は・・・自覚がなさすぎる・・・」
「・・・自覚?」
なんの?
自覚・・って、社会人としての自覚?
もう大概にいいおじさんだから、それがないと言われるのはちょっとつらい。
すっと近づいてきた大野さんが俺に向かって手を伸ばす。
大野さんの手のひらが俺の頬に軽く触れて・・・
触れたところがぱっと熱を持つ。
至近距離、艶やかな黒曜石の瞳が俺をのぞき込む。
「ほんと・・・警戒心がなさすぎる・・・」
大野さんは呆れたようにまたため息をつく。
あの・・・警戒心とは?
いったい何に警戒しろというんでしょう?