大野さんには週末を過ごす本命がいる。
それはなんとなくわかっていた。
俺はその間を埋めているだけなんだって。
わかっていたし、
坂本さんは男の俺から見てもかっこいいし、
悔しいくらい大野さんとお似合いだし、
張りあう気にもならない。
別にショックを受けることじゃない。
じゃない、はずなのに・・・
なんだか地味にショックを受けていた。
地味に・・・
いや、かなり・・・
はあ・・・と大きくため息をつく。
「なに?」
隣を歩く女性が首を傾げる。
「え・・・いや・・・別に・・・」
首を横に振りながら・・・
この人はいいったい誰なんだろう?と思う。
合コンの帰り、2次会へ流れる人たちを尻目に、こっそり帰ろうとしたら、同じ方向だからとついてきた女性。
参加者であったことは間違いない。
名前・・・聞いたような気がするけど覚えてない。
同じ方向・・・ってどこまで?
隣で意気揚々となにかしゃべっている女性に適当に相槌を打ちながら、こっそりため息をつく。
ほんと断れない性格を何とかしたい。
もうすぐ家なんだけど・・・
すんなり離してくれるんだろうか。
やっぱりもう一軒二人でどう?・・・とか
家に入り込もうとしたりとか?
・・・ないよな?
テンション高く話し続ける女性にちらりと目をやる。
大野さんのような美しい人を知ってしまっているから、どうしても見劣りしてしまうけど・・・
顔の造作はまあまあ整ってる、美人といえると思う。
うん、ないな。
別に恋愛相手に困っていそうにない。
若いころならともかく、こんなオジサン需要がない。
自意識過剰だった。
恥ずかしい。
本当にただ帰りの方向がいっしょだった、というだけだろうと思う。
でも・・・
大野さんは坂本さんとデートなんだし・・・
俺も、そういうことがあってもいいのかもしれない。
そこそこ美人で、好みから大きく外れているわけでもないし・・・
健全な男子としての欲がないわけではない。
これをきっかけに・・・
まあそうなったらそうなったで・・・
合コンって本来そういうためのものなわけだし?
なんて不埒なことを思いながら、なんとなく前方に目をやると、マンションの前に佇む人影が目に入る。
「・・・大野さん?」
まさか・・・と思うけれど、
月明かりに照らされた美しいシルエットは大野さん以外の何者でもなく・・・
なぜ、ここに?
週末なのに?
坂本さんは?
途端に頭の中が疑問符でいっぱいになる。
ふいに顔をあげた大野さんとぱっと目が合う。
「櫻井君・・・」
業務仕様の無機質な呼び方で、手に持った茶封筒を無造作に掲げる。
そんな仕草も美しく感じるのは、重度の恋の病のなせる業なのか。
「忘れものを届けに来たんだけど・・・」
・・・忘れ物?
俺、何か忘れものしましたっけ?
というか、わざわざ大野さんに届けてもらわないといけないような忘れ物はないと思うんですが?
首を傾げる俺を無視して、
大野さんはおもむろに俺の隣の女性に視線を移す。
「もしかして・・・お邪魔だったかな?」
お・・・お邪魔?
隣に目をやって・・・
ああっ・・・と叫びそうになる。
「い・・・いえ・・・えっと・・・これは・・・その・・・」
いたずらが見つかった子供のように焦る俺の隣で、名前も知らない女性もなんだか慌てた様子で
「いえ、全然、大丈夫です。すみません。じゃあ、櫻井さん、また・・・」
何が大丈夫で、何がすみませんなのかわからないけど・・・
挨拶もそこそこに・・・
大野さんの横をすり抜けて、あっという間に走り去っていった。