会社での大野さんに智の片鱗はない。

俺の上で妖艶に踊るあの人とはまるで別人。

整いすぎた造作と感情のあらわれない冷たい瞳。

隙のない身のこなしで、おいそれとは近づけない硬質な空気を常に纏っている。

とても仕事以外のことで話しかけられるような雰囲気ではない。

先日の寝落ちの失態の謝罪はまだできていない。

PCに向かう美しい横顔を遠めに確認し、ためいきをついて、

それから手元の書類へと目を戻す。

・・・それにしても眠い。

本日何回目かわからない欠伸をかみ殺す。

涙が滲んだ目じりを指で軽くこすると、ふいにとんとんと肩を叩かれる。

顔をあげると人好きのする笑顔を浮かべた横山君。

「櫻井君、今日暇?」

唐突になんだ?

こんなにフランクに話しかけられる間柄でもないはず。

首をかしげながら卓上カレンダーに目を落とす。

今日は・・・金曜日か。

特に仕事が立て込んでいるわけでもなく、順調にいけば定時あがりだ。

週末は大野さんも来ない。

「予定は特にないけど・・・」

律儀に答えると

「あ、そう?じゃあ合コン。どう?」

横山君は屈託のない笑顔を浮かべる。

「・・・合コン?」

どう・・・?って。

いろいろ情報を端折りすぎではないだろうか。

だいたい今までそういうものに誘われたこともないのに、なぜ急に?

なぜ俺?

考えていることがすべて顔に出てしまっていたのか、横山君はとたんに申し訳なさそうな顔になると、両手を顔のまえであわせて拝むように俺を見る。

「人数が足りてなくて」

なるほど・・・そういうこと。

状況は理解した。

人数合わせ要員か。

「櫻井君・・・彼女いる?」

彼女・・・

ちらっと大野さんを見る。

あの人はもちろん彼女ではないし

恋人でもない。

「いないけど」

横山君の表情がぱっと明るくなる。

「じゃあ大丈夫?いける?」

何が大丈夫で、どこに行けるというのか。

「これも人助けだと思って・・・」

再び俺を拝む横山君にため息をつく。

どういう人助けなのかはわからないけど。

まあいいか・・・

中途採用で入社して、まださほど親しい人もいない。

こうやって話しかけてくれる貴重な同僚の顔を立てておくのもいいだろう。