「・・・帰るんですか?」
俺の腕からするりとぬけて、ベッドを降りていく背中に声をかけると、
ゆっくりと振り返った大野さんの黒曜石のような冷たい瞳が俺を見下ろす。
思わず大野さんに向かって伸ばしかけていた手を下げた。
さっきまで俺の上で妖艶に踊っていた智はすっかり消え失せて・・・
今俺を見下ろしているのは・・・
上司の大野さんだ。
「帰るよ。部下の家から出勤するわけにはいかないだろ?」
すました顔でもっともらしいことを言うけど・・・
その部下とこういう関係ってどういうことですか?
なんて・・・そんなことを聞く勇気があるわけない。
部下の家から出勤するわけにはいかないというのが、帰る理由だとして・・・
次の日に出勤する必要のない週末に、大野さんが俺のもとを訪れることはない。
週末は他に過ごす相手がいるんじゃないかと思っている。
その人とは一晩中一緒に過ごすんだろうか。
そういう人がいたとして、じゃあなんで平日は俺の部屋で過ごすんだろう。
平日には会えない人なのか。
その空白を俺が埋めているのか。
俺は・・・浮気ってこと?
いつか本命にばれて刺されたりしないだろうか。
基本小心者で事なかれ主義の俺のところになんでこの役目が回ってきたのか。
いや、逆に小心者で事なかれ主義なところを見抜かれて、白羽の矢が立ったのか。
大野さんが何を考えて、俺とこういう関係を続けているのかさっぱりわからない。
わかるのは部下である俺に拒否権はないってこと。
俺だっていい思いをしているんだから、拒否する必要はないといえばないけど・・・
「シャワー借りるよ」
「どうぞ・・・」
さっきまでの行為の余韻も疲れも感じさせない、バスルームに向かう大野さんの後姿を見送って、さらなる疲れが押し寄せる。
・・・俺だけ異常に疲れている気がするのは気のせいか。
まるで何かを吸い取られているかのように、体が重く怠い。
年のせい・・・という年でもないと思うし
大野さんはわずかだけど俺より年上のはずだ。
こういったことの他人の回数なんて知りようもないけど、
一週間に数回、濃密すぎる時間を過ごす。
少なくとも今まで俺はこういう経験はなくて・・・
大野さんが旺盛なのか、俺が淡泊なのかよくわからない。
大野さんがシャワーを浴びる音を聞きながら、急激に瞼が重くなって・・・
気がついたら朝。
慌てて飛び起きて時計を見る。
とりあえず寝過ごしてはいないことにほっとする。
もちろん大野さんの姿はどこにもなく。
テーブルの上に鍵はポストに入れておくと書かれたメモが。
・・・やらかした。