妻から「今日は実家に泊まる」という連絡が入ったのは、もう西の空に太陽が沈みかけた頃。
実家に・・・といっても、夫婦仲がよくないとか、夫婦喧嘩の末というわけではなく。
妻の実家は家族の仲がとてもよく、日中実家に寄ったついでにそのまま一泊ということも時々ある。
まだ新婚なのに・・・とは思うけれど、俺もそのほうがありがたい。
そう、ふいに降ってわいた自由時間だ。
智君に会えるかもしれない。
そう思ったらいてもたってもいられず・・・
突然の外泊を謝罪する妻に「気にせずゆっくりしてきて」と理解ある夫のふりをしてメッセージを返し、
直後慌てて智君に今日会えるかどうか確認の連絡をいれた。
突然のことだし、もうこんな時間だ。
すでに他の予定が入っているかもしれない。
今日は無理だと断られてしまうかもしれない。
でも、今の俺には自由になる時間は少ないから・・・
この機会を逃したくない。
智君に会いたい。
ほどなく既読がついて、返事が来るまでの数分・・・
息を詰めて祈るような気持でスマホの画面を見つめる。
「いいよ」
素っ気ない返事。
とりあえずほっとするものの・・・
不安とも不満ともつかない思いがわきあがる。
いつも通りといえばいつも通りの、簡素な返事からは智君の本音は見えない。
快く・・・なのか、
致し方なく・・・なのか。
俺と同じように会いたいと思ってくれているのか。
会えることになって嬉しいと思ってくれているのか。
一方的に別れを切り出して、別の人と結婚もしておいて、ずいぶんと勝手なことを言っているのはわかっているけれど。
いや・・・智君は変わらない。
学生時代からの長いつきあいだけれど、智君の本音はいつも見えない。
恋人同士だった時から、ずっとこの調子だ。
俺と付き合っているのも
快くなのか。
致し方なくなのか。
わからなかった。
会いたいというのも俺ばかり。
好きといえば好きと
愛しているといえば愛していると返してはくれたけど・・・
明らかに熱量は俺のほうが上だった。
いつもどこか不安で・・・そして不満だった。
結婚を理由に別れを切り出したのは、ある意味それが智君の本音を探る切り札だったからだかもしれない。
取り乱すまではなくても、少しは狼狽えてくれるかと思った。
別れたくないと言ってくれるんじゃないかって・・・
結果、智君は顔色一つ変えないどころか、睫毛の先すら揺らさなかった。
狡い賭けに敗れて智君と別れた俺は、結婚してしまえば智君を忘れることができると思い込もうとした。
少なくとも妻は俺を想ってくれていると感じられたし、それは智君と一緒にいるときには得られない心地よい感覚だった。
このままいっしょにいればいつか妻を愛せるとも思った。
でも・・・そうはならず・・・
結局音を上げて舞い戻った俺を、智君は何も言わずに受けれる。
相変わらず本音は見えない。
快くなのか・・・
致し方なくなのか・・・