いや・・・これは夢じゃない。
現実に、手を伸ばせば届く場所に智がいる。
さっき店に入ってきた時、一瞬目が合った気がしたが・・・
俺に気づいた様子はなかった。
でもこの距離だ。
次に目が合ったら・・・俺だと気づくだろう。
久しぶりに偶然再会した元恋人に対してどう振舞うのが正解なんだろう。
久しぶり・・・元気だった?
それは・・・何か違う気がする。
かといって気づかないふりをするのもおかしい。
ぐるぐる考えていると、ふいに智が松岡さん越しにひょいっと顔をのぞかせる。
「そのカクテル・・・きれい・・・」
智の視線は俺の手元にある桜色のカクテルに注がれている。
ふと視線を上げた智と目が合ってドキッとする。
・・・気づいた?
久しぶり・・・と声をかけるべきなのかどうか・・・
戸惑う俺に、智はにっこりと余所行きの笑顔を向ける。
あきらかに見ず知らずの他人に向ける顔だ。
気づいていない・・・んじゃなくて・・・
・・・忘れてしまってるのか?
思いもよらない智の反応に、拍子抜けする。
どうしたらいいのかと戸惑いドキドキしているのは、どうやら俺だけだったようだ。
「ああ・・・これ試作品なんだけど・・・智君もこれにする?」
智は長瀬さんに視線を移すと、微笑んで軽く頷く。
美しい横顔も、はにかむような笑顔も・・・
智は昔とあまり変わってない。
すぐに・・・智だとわかった。
でも・・・
そうか・・・智は忘れてしまってるのか。
俺のことも・・・
二人で過ごした日々も・・・
あの日の桜も・・・
智の記憶には残ってないのか。
ふっと自嘲する。
俺にとっては恐らく一生に一度の恋だったけれど・・・
智にとっては数ある恋のうちの一つにすぎなくて・・・
過ぎ去れば忘れてしまうような程度のものだったんだろう。
久しぶり・・・なんて声をかけなくてよかった。
誰・・・?なんて返されたら、悲しい。
智が忘れてしまっているのなら、俺も忘れたふりをするのが正解なんだろう。