「・・・智」

ぎゅっと強く腕を引っ張られてびっくりして振り返る。

「あ・・・潤君・・・」

そういえばいたんだっけ・・・という言葉をかろうじて飲み込んだのに

「あ・・・潤君・・・、じゃない」

怖い顔で睨まれて思わず首をすくめた。

そんな怖い顔しなくても。

何も悪いことなんてしてないのに。

「あいつ・・・何回も従弟、従弟って・・・」

潤君は櫻井さんの背中を目で追いかけながらちっと舌打ちする。

従弟なのは事実だし・・・

不機嫌になる理由がわからない。

「もしかして・・・この前の花束って・・・?」

険しい顔をこちらにむけて潤君が首を傾げる。

嘘をついてもしかたないから

「うん・・・そう・・・」

小さく頷いた。
「・・・スーパーで偶然会ったんだ」
「・・・偶然?」
潤君の濃い眉毛がギュッと吊り上がる。
だから・・・そんな怖い顔しなくても。
ほんと偶然会っただけなのに。
櫻井さんの何がそんなに気に入らないんだろう。
はあ・・・と大きくため息をついた潤君が
「智・・・悪い人はね、悪い人の顔をして近づいてこないんだよ?」
まるでこどもに諭すみたいに言う。
「・・・それどういう意味?」
「智みたいなのを騙すのは簡単だってこと」
「騙すって・・・」
潤君は時々よくわからないことを言う。
「僕お金もってないし・・・騙すって・・・僕を騙しても何の得にもならないでしょ?」
思わず笑うと、潤君はまたため息をつくと
「智は何もわかってない。目的はお金だけじゃないよ。例えば・・・身体とか・・・」
ちょっと言いにくそうに小声になる。
「身体・・・?」
あまりにも突拍子もないことを言うから思わず声が大きくなって、慌てて手で口を塞いだ。
「もう・・・潤君・・・変なこと言わないで・・・」
「変なことじゃないよ。世の中にはね、とんでもなく好色なやつもいるんだよ」
冗談かと思ったのに、潤君はいたって真剣だ。
身体って・・・
僕の身体?
いくらなんでもそんなこと・・・
お金目的よりありえない。
それに・・・
「櫻井さんはそんな人じゃないよ」
「智は人を信じすぎ。あいつのこと何も知らないんでしょ?それなのになんでそんなこと言えるわけ?」
それはそうだけど・・・
でも・・・
「あんな優しくてきれいな目の人に悪い人はいないよ」
潤君はやれやれと肩をすくめる。
「智を騙すのなんて本当に簡単だ」
「だから・・・騙すってひどい・・・」
騙す騙すって・・・。
まるで櫻井さんが僕を騙そうとしているみたいに言うから、
頬を膨らませて潤君から目をそらすと、潤君は困ったように僕の肩をだきよせる。
「・・・智が心配なんだよ」
僕を心配してくれるのはわかるし、頼りない僕を守ろうとしてくれることに感謝してる。
でも・・・潤君、僕の方が年上だってこと忘れてない?
「智は・・・無自覚だから・・・」
潤君が僕をのぞき込んで苦笑する。
無自覚・・・?
何に無自覚・・・?
首をひねって潤君を見つめ返す。
「ほら・・・だから無自覚だから困る・・・」
潤君は困ったように笑って・・・
僕の肩を抱き寄せる腕に力をこめた。