スーパーでタコの入ったパックを手に取った瞬間

「大野さん?」

突然話しかけられて、タコの入ったパックを手にしたまま声の方へと振り返る。

「・・・櫻井さん?」

「やっぱり大野さんだ」

人好きのする笑顔を浮かべた櫻井さんに一瞬ぼーっとなって・・・

真剣にタコを選んでいた自分を見られたいたのかと急に恥ずかしくなる。

「仕事の帰りですか?」

笑顔で話しかけてくる櫻井さんに頷きながら、そっとタコのパックをカゴにいれた。

「櫻井さんも・・・仕事の帰りですか?」

「ええ、出先から直帰で。夕ご飯を・・・と思って。僕は総菜ですけどね」

スーツ姿で買い物かごを手にした櫻井さんは、ちょっと恥ずかしそうに値引きシールのはられた総菜とビールの缶がはいったカゴの中身を見せる。

「大野さんはちゃんと自炊されてるんですね」

すごく感心したようにいわれると恥ずかしい。

そんなに凝ったものをつくることはない。

このタコだって切るだけだし。

なんとなく会計のタイミングもいっしょになって、そのままいっしょにスーパーをでた。

「いっしょのスーパーを使ってたんですね。僕はいつもはもう少し遅い時間に利用するんですけどね」

今日は直帰だからいつもより少し早い時間にになったらしい。

生活時間帯がずれているだけで、生活圏は同じだったみたいだ。

もう二度と会うことがない人だと思っていたのに、こんな風にもう一度会えるなんて、

こんなふうに隣を歩くことができるなんて・・・・

思ってもみなかったことに、びっくりして心臓がドキドキしている。

雨宿りの時と同じような他愛もない話をしながら、ふたりで歩く。

と言っても話をしているのは櫻井さんだけで、僕は時々相槌を打つだけ。

面白くない・・・って思われているんじゃないかなって・・・

櫻井さんに会えて嬉しいのに、なんだか不安で落ち着かない。

ちらりと櫻井さんの横顔に目をやって、同じように僕の方へと顔を向けた櫻井さんと目が合って・・・ドキッとする。

ふたりとも自然と足が止まって、

櫻井さんの大きな瞳が僕をのぞき込む。

吸い込まれそうで息をのんだ。

初めて会った時と同じように、一瞬・・・時が止まった気がした。

聴こえるのは・・・自分の心臓の音だけ・・・

「あの・・・」

櫻井さんがなにか言いかけたその時

「・・・智っ」

僕を呼ぶ潤君の声に、反射的にそちらに顔を向けた。

「潤君・・・」

駆け寄ってきた潤君が、膝に手をついてはあ・・・っと大きく息を吐く。

「智・・・遅いから心配した」

険しい顔で言うけど・・・

そんなに遅くなってないと思う。

いったい僕をいくつだと思ってるんだろう。

だいたい僕の方が年上なのに。

イケメンの従弟は本当に心配性すぎて困る。

「荷物もつよ」

スーパーの袋に手を伸ばした潤君が、今気づいた・・・とでもいうように櫻井さんを見る。

「・・・潤君」

潤君のTシャツの裾をひっぱる。

ただでさえ目力強いのに・・・

そんな怖い顔で櫻井さんを睨んだりしたら櫻井さんがびっくりする。

別に櫻井さんは僕に何もしないから。

ただ偶然スーパーで会って、偶然帰りの方向も同じだっただけ。

心配性もここまでくるといろいろと問題だ。

「あの・・・この方は・・・?」

案の定、困惑ぎみに僕を見る櫻井さんに申し訳ない気持ちになる。

もう、潤君のばかっ。

櫻井さんを怖い顔で睨む潤君を睨みつつ・・・

なんだか泣きたいような気持ちで

「・・・従弟です」

それだけ答えると

「従弟・・・?」

潤君に目をやった櫻井さんが

「従弟・・・そうですか、従弟。それならよかった・・・」

ほっとしたように笑顔を見せる。

潤君がさらにむっとした顔になる。

それにしても、よかった・・・って?

潤君が従弟で、櫻井さんいったい何がよかったんだろう?