ほろ酔い気分で玄関のドアを開けて、ふっと落とした視線の先・・・玄関の脇にきちんと脱ぎそろえられた靴に酔いがさーっと覚めた。

目をこすってもう一度靴を見る。

智君の靴・・・酔っていても見間違えるわけがなかった。

ニノのことがあってずっと避けられていたから、もうここに来ることはないと思っていたのに・・・

智君のことはもう忘れよう。

やっとそう思えたタイミングでの智君の訪問に、正直困惑を隠せない。

松本と喧嘩でもしたんだろうか?

それともまた惚気話か?

深いため息をついた。

もう・・・惚気も愚痴も聞きたくなかった。

何が楽しくて好きな人の恋人とのいろいろを聞かされないといけないんだ。

智君が恋人と喧嘩しようが、うまくいっていようが俺には関係ないことだ。

・・・ちょうどいい機会だ。

もう、こんなことは終わりにしよう。
こんなの特別な関係でもなんでもない。
ただ都合よく利用されているだけだ。
鍵を返してもらって・・・ただの仕事仲間に戻るんだ。
そう意気込んで明かりのもれるリビングのドアを勢いよく開けた俺を迎えたのは仏頂面の智君で・・・
そのまま回れ右したくなるのを「いや・・・ここは俺の家だ」と思い直して、なんとか踏みとどまる。

「おかえり・・・」

あいからわず別邸のひとつ・・・くらいのつもりなんだろう。

すっかりくつろいだ様子でソファに身を預けた智君の服は楽屋で見送った時のまま・・・

松本と食事でもして・・・その帰りにここに立ち寄ったんだろうか。

いつものように部屋着に着替えていないということは、長居するつもりはないんだろう。

「・・・ただいま」

そう返すのが正しいのかどうか、やっぱりわからないけれど・・・

ここで「こんばんは」と返す勇気はない。

「遅かったね・・・?」

仏頂面のまま遅かったね・・・と言われても。

別に待ち合わせていたわけでもないし

だいたい智君が来ること自体想定していない。

なんとなくドアのところで立ち止まったままになってしまった俺に、すっとソファから立ち上がって近寄ってきた智君が俺の首筋に鼻を寄せて顔をしかめる。

「・・・飲んできたの?」

「ああ・・・相葉君と・・・」
鼻を掠める智君の甘い香りは・・・理性を侵す毒だ。

さりげなく智君と距離をとりつつ・・・手にしていた荷物を床におろした。

「相葉ちゃんと・・・?」

智君が訝しむように形の良い眉を寄せる。

「ニノじゃなくて・・・?」

「ニノ・・・?」

首だけ捻って智君へと目をやると

「・・・ニノとつきあってるんでしょ?」

智君がじっとりと俺をにらむ。

ああ・・・やっぱり。

智君の仏頂面の原因はそれか・・・とため息をついた。

ああいうところをみられたんだからそう思われてもしかたない。

すぐ誤解を解こうにも、話を聞いてくれる雰囲気でもなかった。

完全に避けられていたんだから・・・

結局誤解が解けないまま今に至るのは俺のせいじゃないだろう。

「ニノとはつきあわないっていったのに・・・嘘ついたの?」

珍しく強い口調で頬を膨らませる智君に思わず苦笑すると

「・・・なんで笑うわけ?」

さらに怒らせたようで、首をすくめた。

智君はいったい何にそんなに怒ってるんだろう。

ニノとつきあったこと?

それとも嘘をついたことか・・・?

・・・両方・・・か。

もうため息しかでない。

「・・・別に俺が誰とつきあおうと・・・智君には関係ないでしょ?」

ふいにでた言葉と声は自分でも驚くほど冷たいものになった。

「・・・開き直るわけ?」

智君が珍しく声を荒げる。

「・・・開き直る?」

「言ったでしょ?翔ちゃんとつきあってニノが幸せになれると思えないって・・・だから・・・」

「・・・だから・・・ニノと付き合うなとは聞いたよ。でも・・・例えニノが智君にとって大切な仲間だとしても、そんなこと智君が心配することじゃないでしょ?俺とつきあって幸せかどうか、それはニノが決めることだ。これはニノと・・・俺の問題だ。智君が口をだすことじゃないよ」
こんなふうに智君に意見したことなんてなかった。
いつだって・・・言いたいことを言わないようにしてきた。
智君に嫌われたくなかったから・・・
そうやって・・・たくさんの理不尽を飲み込んできたんだ。

俺の反撃なんて想定していなかったのか、智君は言葉を詰まらせて、唇を噛んでうつむく。

さすがに言いすぎたかもしれない。

だいたいニノとは・・・

「・・・つきあってないよ」

「・・・え?」

智君が驚いたように顔をあげる。

「ニノとはつきあってない」

「・・・つきあってない?」

一瞬拍子抜けしたようにぽかんと俺を見つめた智君は

「・・・本当に?」

すぐさま疑わしい目を俺に向ける。

その智君の目を見つめて、頷く。
「本当に・・・。言ったでしょ?ニノとはつきあうつもりない・・・って。智君に嘘はつかないよ・・・」
どれだけ智君の機嫌をとったところで、この片思いが実るわけでもない。
そんなこともうわかりすぎるくらいわかっているのに・・・
それでも・・・まだどこか智君の機嫌をとろうとする自分に気づいて、自嘲がこみあげた。