両手はしっかり床に縫い留められて「二度同じ手は食わない」とばかりに、体重をかけてくる翔ちゃんに完全に自由を奪われていた。
悪魔に仏心は無用だと思ったそばからこれだ。
学習できない自分に舌打ちする。
相手が翔ちゃんじゃなければ、この状況からでも返り討ちにしてやるところだけど・・・
翔ちゃんに怪我をさせるわけにもいかないから、そう無茶なこともできない。
かといってこのまま翔ちゃんにいいようにされるのも癪に障る。
どうしたものかと考えあぐねる俺を見下ろして・・・
何を思ったのか、ふっと表情を緩めた翔ちゃんが

「でも・・・智君優しいよね・・・」

嬉しそうに唇の端をあげる。

「・・・は?」
突然何を言い出すのかと思えば・・・
「俺のこと心配してくれたんでしょう?」
・・・そこ喜ぶところなのか?
蹴り飛ばされたというのに、心配してくれたもなにもあったものではないだろう。
バカな子ほどかわいいというけれど・・・
バカすぎるのも困りものだ。
「・・・俺がお前に怪我させたとなったら大問題だからな?」

どんな仕事でも怪我は困るだろうけど・・・

特に俺たちの仕事は自分が商品なんだから。
怪我をするなんてもってのほかだし
どういう理由があろうと・・・
例えそれが無理やりことに及ばれようとしたため・・・であっても、
メンバーに怪我をさせるなんて大問題だ。
俺の答えがお気に召さなかったのか、翔ちゃんはやや不満そうに眉を寄せつつ・・・
気を取り直したように
「でも・・・さっきも・・・守ってくれたでしょ?」
目を瞬かせてかわいく首を傾げる。
「さっき・・・?」
「ほら・・・さっき・・・彼女に殴られそうになった時・・・」
「ああ・・・」
そういえば・・・そんなこともあったな。
でも、あれは・・・
「お前の顔に傷がついたりしたら周囲に迷惑がかかるから・・・いちおうアイドルの顔だぞ?」
翔ちゃんは今度こそ不満げに唇を尖らせる。

まあ・・・確かに俺が個人的に翔ちゃんの顔に傷がつくのが嫌だから・・・ってのもあるにはあるけど。

だって翔ちゃん顔くらいしか取り柄ないのに。
「だいたい俺たちにとって顔は商売道具だぞ?痴話喧嘩の末に殴られたなんてシャレにならない。お前はそういうところの自覚が足りない。恋愛するなとはいわないけど、もっと気をつけないと・・・」
がっつり組み敷かれた状態だということを忘れて、延々と説教を始めた俺に、翔ちゃんは困ったように眉を下げる。

「でも・・・、智君、俺のこと好きでしょ・・・?」

好きかと聞かれたら・・・
「・・・好きだけど?」
ほぼ条件反射で答えた途端・・・
だよね・・・とばかりに満足げに頷いた翔ちゃんの顔が降ってくる。

好きだけど・・・

そういう好きとは違うんじゃないか?
その言葉は、あいかわらず最後まで人の話を聞かない翔ちゃんの唇に飲み込まれた。