震災直後、仮設の公衆電話が設置されました。

ここから両親や友達に連絡したことを思い出しました。

利用する人でたくさんだったけれど、みんな黙って順番待ちをしていたものです。もちろん、長電話は暗黙のルールで厳禁でした。