フランツ帝最大の局面は、ナポレオンによって徹底的に叩きのめされた事。
シェーンブルン宮殿に指令本部を置いたナポレオンは、二度とオーストリアが立ち上がれない様に、巨額な賠償金を要求。
その上、王族女性に自分の子供を産ませたいと、厚顔無恥にもフランツの長女マリー・ルイーズを花嫁として差し出せと要求してきたのですから!
幾ら気の弱いフランツだって、「殺人鬼」とヨーロッパ中から忌み嫌われた男に愛娘を差し出すなんて、さぞかし辛かろうと言うものです。
私生活でも、多くの子供に恵まれましたが、次々と王妃の死に見舞われたり、次女のレオポルディーネは嫁ぎ先のブラジルで死去、マリー・ルイーズとナポレオンの子、孫のライヒシュタット公も21歳の若さで亡くなる等、幸福には恵まれなかった様です。
さて、苦労続きのフランツ1世ですが、莫大な賠償金を払ったかと思えば、ナポレオン失脚後のウィーン会議開催と、出費続き。
益々、皇帝の食事も皿数が減っていく中、フランツが愛したお菓子がグーゲル・フプフでした。
舌を噛みそうなこのお菓子。フランス名でクグロフ。
そう、マリーアントワネットも大好きなお菓子です。
グーゲル・フプフは長きに亘ってハプスブルク一族から愛された素朴なお菓子です。
ブリオッシュ生地を使ったり、ドライフルーツやナッツ、ココアなどを混ぜたリッチなバターケーキ生地の2種類がありますが、僧侶の頭巾の形をしたクグロフ型で焼いたお菓子の事をクグロフ、グーゲル・フプフと呼ばれます。
グーゲル・フプフはフランスのアルザス地方やドイツ諸国の他、ハンガリーなどでも食されていた様で、オーストリアを代表するお菓子の1つ。
ブリストルホテルやホテル・ザッハー等、ホテルの朝食に、ビュッフェ台にカットされたグーゲル・フプフは必ず出されるのが、オーストリアらしいところ。
素朴な郷土菓子のグーゲル・フプフは、苦労続きだった皇帝の心をホッと和ませていたのかもしれません。
製菓の基礎課の時に作ったブリオッシュ生地のグーゲル・フプフ。
チェリーやレーズン、アーモンドなどドライフルーツやナッツを沢山入れて焼きました。
マリー・アントワネットが「パンがなければお菓子を食べればいいじゃない」と言ったと言われる(言っていないと言う説も有力ですが)お菓子は、写真のブリオッシュ生地のグーゲル・フプフの事。
フランスではパンを店頭に出せない時は、グーゲル・フプフの様なお菓子をパンと同じ価格で販売すると言う法律があったんです。
それを知っていたからアントワネットは「それじゃ、お菓子を食べれば良いんじゃない?」と言ってしまったんです。