【ディスクレビュー】人間臭く生々しい、“究極の”イマジンの世界 | 君に出会ってから

君に出会ってから

ブログの説明を入力します。


主に1960~1970年代のロック・ミュージックが、リミックス/リマスターなどを施した豪華盤仕様でアーカイヴ化されてゆく中、とびきりの“大物”が新たにそのライブラリーに加わった。ジョン・レノンが1971年に発表した不朽の名作『イマジン』だ。夢見るような浮遊感にくるまれたピアノと、「想像してごらん、天国なんてないと」と歌う穏やかな歌声の表題曲を、一度も聴いたことがない人は、これを読んでいるような人の中にはいないだろう。
しかし、「イマジン」は知っていても、アルバムの『イマジン』をきちんと聴き通した人は、特に若い世代にはどれだけいるだろう?「イマジン」があまりに有名な平和祈念アンセムであるため、アルバム全体が平和的で優しく穏やかな、善き人ジョン・レノンの象徴のように思っている人がもしいたら、すぐさまこのアルバムを聴いてほしい。アルバム『イマジン』の中でのジョン・レノンは、愚直な平和主義者でありつつ、嫉妬心をさらけ出す情けない男で、「生きるってつらいよな」と愚痴り、かつての友をとんでもない口調で罵倒し、愛する女性の名前をただ呼ぶだけのラブソングを楽しげに歌う、えらく人間くさい男だ。「名盤だから名盤だ」という紋切り型のディスク・レビューに閉じ込めておくには、このアルバムはあまりにも生々しすぎる。
「イマジン」を別格として、その次に有名な曲はおそらく「ジェラス・ガイ」だろう。ジョンが悲劇の死をとげたあと、ブライアン・フェリー率いるロキシー・ミュージックが追悼曲として歌い、全英1位となったことで、抒情的ピアノ・バラードの傑作としての評価が定まった。情けない男の嫉妬を美学にまで高めたフェリーの名唱もいいが、ジョンのほうが情けなさの度合いが身近というか、庶民的なのがいい感じだ。情けないといえば「兵隊になりたくない」もそうで、ファンクのようなブルースのような暗くうねる単調なリズムに乗って、ひたすら「いやだ、死にたくない」と繰り返す。反戦歌だと思うが、とにかく弱気で逃げ腰なのが親しみやすく、どこかあなたや私に似ていないか?と思ったりする。
ラブソングでは、「オー・マイ・ラヴ」を真っ先に挙げたい。これはザ・ビートルズ時代の「ビコーズ」や、アルバム『ジョンの魂』収録の「ラヴ」などに通じる、ほとんど俳句の域まで心象描写を切り詰めた歌詞と、美しいメロディが胸に沁みる曲。シンプル・イズ・ビューティフルを体現する、名曲とは思わせないつつましさが素敵な名曲だ。「オー・ヨーコ」はアルバムのラストを飾る、カントリーっぽい陽気なラブソングで、歌詞は愛妻ヨーコ・オノの名前をひたすら繰り返す。ただののろけソングだが、あまりにパーソナルなものはかえって普遍的なパブリックに通じるという、アート作品ならではの妙味を存分に味わえる楽しい1曲だ。
音楽的には、ファンキーなカントリーポップといった感じの「クリップルド・インサイド」、迫力あるブルースの「イッツ・ソー・ハード」、ジョージ・ハリスンのリード・ギターが最高にスリリングなヘヴィなロックンロール「ギミ・サム・トゥルース」、アルバムの共同プロデュースも担当したフィル・スペクターお得意の、うねる弦楽器の響きが素晴らしいミドル・バラード「ハウ?」と、全体的にふんわりとした音像で耳に優しいものばかり。例外は「ハウ・ドゥ・ユー・スリープ(眠れるかい?)」で、ポール・マッカートニーへの悪口雑言を綴った歌詞は、悪ふざけとしても少々やりすぎか。のちに「あれは自分に対して言っていたことでもある」と回想したジョンだが、そのへんの事情を良く知らない人は、渦を巻くストリングスと重厚なギターがかっこいいヘヴィ・ロック、ということでさらりと聴くのがいいと思う。