今日は、ヤケ酒かな?
ネットをふらふらしていた時、偶然にも見つけた、明智町の記事。
なんでもその町は、大正時代の古い建物が数多く残り、その中に超絶渋い喫茶店、アミーがあるということ。
なんだかとても行ってみたくなり、その明知町に11月中旬の日曜に行って来ました。
更に南北街道を北へ歩いて、先ほどはスルーした、大正村資料館へ。
濃明銀行の繭倉が、資料館になっています。
明智は、大正時代に養蚕、生糸で隆盛を誇っていた街だったんですね。
この蔵は、農民から買い取ったり預かったりした繭を保管する蔵だったという事です。
建物は、木造瓦葺き3階建て。
右から入って3階へ上り、左に移って左の階段から1階に降り、左の入口から出るという一方通行方式。
手動エレベータも残っているそうです。
展示は、大正時代の教科書、蓄音機を始め、レコードや、何故か戦後の映画のポスターなど、夥しい量になります。
ここの難点は、下駄箱がないこと。
靴を脱いで入るのですが、下駄箱がありません。
入館者はほとんどいないので、脱ぎっぱなしでもいいのですが、出てくるところは別になるし、なんだか不安です。
なので、靴を持って見て歩きました。
隣には、大正の館もあります。
こちらは、勝手口になります。
手前の板塀に、説明書きが貼ってあります。
旧橋本医院。
橋本家は明智の名門で、ここは分家。
米穀商を営まれ、3代目は医院を開業されていたということです。
昔のお屋敷は、まるで迷路のよう。
面白いです。
離れへ続く廊下の向こう側は、中庭ですね。
廊下の下は、掘り下げてあって、下に降りられるようになっています。
何かの貯蔵庫でしょうか?
手前は台所です。
左の建物は、湯殿だったのでしょうか?
勝手口からは、土間で玄関までつながっています。
ここは、お客(患者)を応対するところでしょう。
階段棚。
何故か電話が多数置いてあります。
屋敷の中心は吹き抜けになっていて、明り取りの天窓があります。
2階建てですが、この部分は屋根裏もありそうです。
その2階部分に、2階への階段が。
手すり無くちょっと怖い感じですが。
柱に碍子が取り付けてあり、電線が通っています。
昔の家は、こんなでしたね。










