速攻入社を決めたおっさんは、本社に呼ばれ1週間程研修を受ける事に。

新幹線で八戸駅まで行きその後は本社の若い人が迎えに来てくれた。
以外に都会的な街に驚いた。
 八戸市は48年前に2週間ほど母親と来たことがある。
その当時の記憶といえば、母親の実家は大きなお屋敷なのに外にトイレがあり何故か紙がなくある物と言えば太めの紐が3本ぶら下がっていた。
使い方を聞いて「ビックらこいた」のを思い出す。

 本社がある大野町 田舎過ぎてこれまた「ビックリ!」
完成現場を見学して「ビックリ」土木公共事業 建設では小学校、高校を手掛けていて
「あれ~想像以上に凄くないか?」「ここまでの工事やってる会社サブゼネコンレベル?」

7日間大野町道の駅の宿泊場に泊、初日に社長と総務部長の3人で歓迎会の様な呑み面接の様な宴を開いてもらった。3日ほど放置され畜産現場の視察をして回り、4日目から社長と各支店と畜産のお客様回りをして歩いた。
社長のアウディQ7を運転し支店回りをしていた時の事、エアコンの調子悪く社内温度ドンドン上がり、32度に 28度あたりからもしかして、「試されてる?俺」
「社長~熱いですね32度ですよ温風しか出てきませんよ~」笑いながら「だね~」
「たまにエアコン効かなくなるのさ」「あ!38度です。このままだと40度こえますね」
社長:「42度になったね~」二人で汗流しながら大笑いしてた。

その後も社長のお供をして盛岡、八戸と各支店を見て回り社長含め数人と飲み歩いた。
畜産の事を移動中色々学んだ、畜産営業の隙間時間を利用し新規事業を提案してみたら
「面白そうだね~いいよやってごら」と速攻返答をもらえた。

 北海道に帰る時は社用車を貸与して頂き、フェリーで帰宅。
千歳支店に初出社して支店長代理に入社の挨拶をした。
風貌からして50代後半だろうと思っていたら、なんとΣ(・□・;)
44歳と聞き「ビックリ!」飛び跳ねた!「一番のビックリ」だった。その後3カ月程でこの会社には色々な意味でおっさんの周りには居ないかった凄い人達ばかりの集まりだった。



 プライム下舘工務店は6年はど前に千歳に進出してきました。
私は平成最後の年8月末に中途入社してきたのですが、正直な所
見たことも聞いたこともない、ましてや千歳に営業所があるなんて全く知りませんでした。

 転職は常に考えていたので求人サイトに登録していたこともあり、2,3週間に3社ほどマッチングメールが届いてくるのですが、その中に今まで聞いたこともない岩手県の会社から初オファーが来たと!妻が教えてくれました。

妻「プライム下舘工務店だって。なんかさーリフォーム工事とか住宅建ててる会社みたいだよ」
おっさ「住宅関係・リフォーム工事?興味なし」
妻「北海道は畜産営業職の募集だって!営業経験あれば畜産知らなくてもいいみたいよ」
おっさん「畜産?…ちくさん?…営業…へ~~~」
妻「面白そうだからオファーに返信しておくね~(-。-)y-゜゜゜」

多分2日後位に本社から問い合わせメールが来たらしく仕事に追われてる私に代わりやり妻がやり取りをしていたらしく、電話面接までを済ませた。
後日、本社から採用担当者が千歳に来るので2次面接に来てほしと話は思いがけなく進んだ。

面接当日、千歳の会社の住所が記載と違い探すのに一苦労、やっと見つけて

「いざ面接!」5~60代の細身の男性が応接室に入ってきた。

(会社でかなりの幹部の方なんだろうな~)心の呟き

話し出すと東北のなまりと小声のせいで言葉が聞き取れない( ゚Д゚)ヤバ!しばし相づちで対応順応力の高いおっさんは5分程度である程度理解できるように、面接官が「いいね~」法人営業も一般営業もできそうだし、何でもできそうで「いいね~」それしか覚えていない。

1時間程話をした後「来れるかどうか考えて下さい。」

かわ××重○○に営業職で内定が決まっていたが迷うことなくこの会社を選んだ。
「だってがちがちの組織よりこっちの会社の方が面白そうな気がしたもんでつい(*´з`)」













 プライム下舘工務店は6年はど前に千歳に進出してきました。
私は平成最後の年8月末に中途入社してきたのですが、正直な所
見たことも聞いたこともない、ましてや千歳に営業所があるなんて全く知りませんでした。

 転職は常に考えていたので求人サイトに登録していたこともあり、2,3週間に3社ほどマッチングメールが届いてくるのですが、その中に今まで聞いたこともない岩手県の会社から初オファーが来たと!妻が教えてくれました。

妻「プライム下舘工務店だって。なんかさーリフォーム工事とか住宅建ててる会社みたいだよ」
おっさ「住宅関係・リフォーム工事?興味なし」
妻「北海道は畜産営業職の募集だって!営業経験あれば畜産知らなくてもいいみたいよ」
おっさん「畜産?…ちくさん?…営業…へ~~~」
妻「面白そうだからオファーに返信しておくね~(-。-)y-゜゜゜」

多分2日後位に本社から問い合わせメールが来たらしく仕事に追われてる私に代わりやり妻がやり取りをしていたらしく、電話面接までを済ませた。
後日、本社から採用担当者が千歳に来るので2次面接に来てほしと話は思いがけなく進んだ。

面接当日、千歳の会社の住所が記載と違い探すのに一苦労、やっと見つけて

「いざ面接!」5~60代の細身の男性が応接室に入ってきた。

(会社でかなりの幹部の方なんだろうな~)心の呟き

話し出すと東北のなまりと小声のせいで言葉が聞き取れない( ゚Д゚)ヤバ!しばし相づちで対応順応力の高いおっさんは5分程度である程度理解できるように、面接官が「いいね~」法人営業も一般営業もできそうだし、何でもできそうで「いいね~」それしか覚えていない。

1時間程話をした後「来れるかどうか考えて下さい。」

かわさき重○○に営業職で内定が決まっていたが迷うことなくこの会社を選んだ。
「だってがちがちの組織よりこっちの会社の方が面白そうな気がしたんだもん」













昨日11月15日 朝 カーテンを開けると一面「白銀の世界」が広がっていた。
札幌の街に冬がやって来た。 寒いのが嫌いなおっさんとしては嫌な季節の到来。

 

 

[6年前の思い出 Take2]

 

 「ワンピースレストランD」を閉鎖して1年後から「おっさん」の

「人生最悪」の時期が到来したように思う。

会社で経費の使い過ぎを理由に給料を下げられたり、身に覚えのない領収書までがおっさんが使った事にされたり、代車がスリップで横転し車両保険に加入していないため弁償させられたりと、踏んだり蹴ったりのチーン嫌になる事ばかりが続いた。

 

 それと同時に、私生活では妻にCafeの経営さるため出店準備の真っ最中だった。

元々ここはモデルハウスで喫茶店経営者を募集していたところを1棟借り cafe C O T Yを

始める事になったのだが、しばらく経ったころ突然、妻の母親が脳梗塞で倒れ店の開店に支障をきたすことに。

会社に嫌気がさしていた時期と重なり、おっさんは10年務めた会社を辞めてCOTYのマスターに転職を決めた。

 この建物はモデルハウスのイメージが強すぎた事もあり、客足が伸びず赤字経営が続き商売の厳しさを思い知った。

Cafeを知ってもらうために考えた事が、cafeの一部を教室として貸す事だ。

これが評判を呼び貸してほしいと色々な先生たちが集まりだした。

教室代は無料でランチ1500円を食べるか、500円のコーヒー代を選べる設定した。

 

妻の考えたメニュー「美肌御膳」お肌に良い食材 これが意外に人気がでたんだよ。

 

教室貸が良かったのか話題を呼びFMラジオ、医療系の雑誌から取材を受ける様になりまたもや反響が増えた。「もちろん取材は無料枠で」

講師達もブログ発信してくれるから生徒さんも増えるし、店も活気が出るしといい感じで評判が上がった。

半年が過ぎたころには義母の病状も落ち着きアルバイト3名を雇うまでになったのだが、それでも経営の厳しさはさほど変わらなかった。

 

 「実は転職を決めた理由は他にもあった。」

店の準備の手伝いをしている時、展示場の会社の社長と知り合い高額な報酬でヘットハントされた。手取り50万円契約報酬6%を提示され、「心が隙間だらけ」だったおっさんは飛びついてしまった。「ラッキー」俺にも運が回ってきたぞ―ニヤニヤ

 

義母が倒れる前、開店より少し前にはその会社で働きだしていたのだが……

 

なんと!その社長が取り決めた金額を値切りだしてきたのだポーン

「あごが外れそうになる」とはこの事なんだと本気で思った。

最初は冗談だろうとも思ったが、周りをみてこの社長は本気なんだと悟った。

何故なら、お客様の要望で図面が変更になった金額の数十万円を営業に負担させようと怒鳴りあっているの目撃したからだ。 「辞める事の決まっていた社員さん」

 

 10日くらい働いて無理だと感じた。間違えなくここにいたら社長と大喧嘩になる、店もにも多額の資金を突っ込んでるし店に影響出たらまずいので、手を引かせてもらうことに。

後に社長が委託業務で販売をしてくないかと話を持ち掛けてきた。

 

 

 

今日はこの辺でさようならフォローしてね

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北のおっさんイシと申します。

特に何を書いていいのか解らずアメブロを登録して早2か月。

古い写真を整理していたら懐かしい写真が出てきたので、その当時を振り返り楽しかったあの頃にタイムスリップして、思い出日記を書こうと思う。

 

 その当時、投資用賃貸不動産(AP,MS)を設計施工して自社管理をする会社に勤めていた。

上司が企業するので一緒にやらないかと誘われ始めた会社だ。

本社は札幌の裏参道のビルに創り、その他小樽市、室蘭市、釧路市と営業所徐々に増やして設立2年目にはかなりの業績を伸ばす会社となっていた。

 

おっさんは、広報部?らしき部を創り部長になりふんずりかえっていた(笑)

実際は、2か月に一度不動産オーナーや見込み客にニュースレターを書いて自分で印刷して500枚を勝手に送り付けていた。8ページもあるから結構大変だったが、楽しかったな~。

AP/MSの図面が上がると、3Dパース図を作り営業のサポートなどもやっていた毎日2枚程度これは疲れた思い出しかない。ゲロー

その他は、管理物件の入居者を確保のため(見せる部屋)の演出や動画投稿など、これは凄いと話題になりマネする会社もでてきたが、クオリティーが低くおっさんを超える素人は現れなかったね~。ニヤニヤ

 

 そんな中、社長の趣味ワンピースフィギア2000点をお披露目したいとなり、小樽市で飲食店を開くことになった。

 

それがこのワンピースレストラン&BAR D

内装造作工事をおっさんが手掛け、落書きを社長とその他従業員書いて本当にいい感じの店が出来上がり、料理は社長の友達プロの料理にを雇った。

そこに出る料理はサンジのレシピを忠実に再現した海賊料理を提供、これがまた美味いのさ。

1年頑張ったけど1千万円の赤字で閉店したよ笑い泣き

この店を造っていた時が一番爆  笑楽しい時期だった気がする。

 

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