人類の初期社会は狩猟小集団だった!!! | Monkey Monograph

人類の初期社会は狩猟小集団だった!!!

 人類初期の時代、その社会はどのようなものだったかをロバート・アードレイ(Robert Ardrey)が描いている。それは…

1. なわばりを持った小集団の狩猟バンドであった。

2. 狩猟バンドは男性のみの11人前後で構成されていた。(11人のルール)

3. 女性は家で育児に従事し、狩猟には参加しなかった。

4. 言語の発生は、狩猟に従事する中で生れたのではなく、原始社会の二極性と物語りの中から生れた。

以上のような推定をアードレイが『社会契約』(1970)の第9章4節で述べているので紹介する。

   

     

 埃をかぶった瞬間のように1年が過ぎ、数長く引き伸ばされた日々のように千年が、そして百万年さえ中断することなく続く雨期と乾期、広がる森林と侵食する砂との緩やかな繰り返しを重ねて、われわれの時は過ぎていった。神の非情を具えた自然淘汰が、いつか人間になろうとしていた生きものを時には鼓舞し、時には落胆させた。それは、ごく僅かな失敗と目立たない成功の時代だった。われわれは生きていた。生きるのに必要な呼吸はしていた。アメーバのような古い生物の法則に従ってベストを尽くした。子どもがいればゾウもそうするように、そこに子どもがいたから子どもを養った。ヒバリが朝を迎えるように、特に理由があるわけではないが朝を迎えた。仕方のないことだが、われわれは死ぬことも、しぶしぶした。それに感謝するいわれなどないが、イボイノシシも死ぬのだからわれわれも死んだ。われわれは山にも登った。なぜか。谷間で悲惨な暮らしもした。なぜか。ベストを尽くした。尽くそうとした。ライオンやサルやウガンダコブ、あるいはほっそりしたインパラと同じ法則に従った。

 これといった頭脳も、からだに目立った長所も持たぬ先祖のヒト科は自然の摂理に反抗することなく、それに身をゆだねた。先祖のヒト科は生き、死に、愛し、失い、立ち、ひざまずき、容赦なく戦い、無条件で妥協し、疑い、容認した。生存が彼らに課するぎりぎりの限界の中を何も知らぬ巡礼のように回った。先祖のヒト科がわれわれに残したものは彼らのプランには無かった。だが、彼らの古い足跡を振り返ってみると、われわれの1部になっているものは先祖のヒト科から受け継いだものだと認めざるを得ない。われわれが先を読むことができるのは、先祖のヒト科にそれが選択的価値として必要不可欠だったからである。われわれが自覚を持つのは、先祖のヒト科に漠然とした、かすかな我意の萌芽があったからである。われわれが話せるのは、言語の始まりが彼らのことばだったからである。しかし、彼らの手探りと始まりの状態を考えるだけでは充分でない。というのは、先祖のヒト科はその社会的集団を脊椎動物の世界にこれまでなかった、また今後もないような確実なものに完成させたからである。彼らの社会的集団の結びつきは強く、安定しているので、その性質は今もわれわれと共にある。

50人ぐらいの社会を養える狩猟バンドといえば、10人前後の男性成人と若者から成るグループと考えられる。現代の狩猟民族は25人ぐらいの小さな社会だが、彼らの武器は遠くから獲物を殺す事ができ、ハンターは他人の助けをほとんど必要としない。1万年以前、ヒト科の人びとの武器は、現在の四分の一程度の到達距離しかなかった。棍棒、握斧、投石が唯一決定的な役割を演じる武器であった。もちろん落とし穴をつくったり、わなを仕掛けたりもした。フランスのソリュート期の遺跡にはネアンデルタール人が崖から野生馬を1000年にもわたって追い落とした跡がある。崖の下には3万頭にも及ぶ化石化した馬の骨がたまっていた。しかし普通の狩りでは小人数のハンターで獲物を待ち伏せしたり包囲したりすることはできない。女や子どもを含めた多数のハンターを必要としたはずである。

 バンドそれ自体は全員男性であることは確かだった。狩りをするライオンの群れでは、ただでさえ不精で足の遅いオスはメスたちに狩りを任せる。通常はオスのほうが大きく、メスが小さい性的二型がハイエナでは反対になっていることを前に述べたが、メスはオスよりも大きく強いので、ハイエナの狩りにはオスもメスも参加する。従って同様のオス・メス混成の狩りは、他の主要な社会的ハンターであるオオカミやリカオンにも見られる。しかし不運にも、自然はヒト科という進化した霊長類をハンターに向くようには造らなかった。われわれは力やスピードやからだに備わった武器を欠くだけではない。すべての類人猿と同様、成長の早い子どもを持つこともない。だから、肉食の初めから多分、われわれの先祖の女性は自分の居場所を家に求めた。子どものライオンは1年足らずでおとなの手がほとんどかからぬまでに成長して独立する。前に述べたリカオンの子どもも6ヵ月で、獲物を追って行く群れに何とかついて走れる。しかしサル、チンパンジー、ゴリラ、ヒト科の子どもはこうした特権を母親任せにしているのである。

 われわれが進化しつつあった時代、女性が狩りをしなかったことと関係があるのではないか、とエードリアン・コートラントが思いついたのは、人間という種にほとんど普遍的といっていい非常に奇妙な行動の残存物である。それは「女投げ」である。女性は物を投げる時に、チンパンジーがやるように、腕を肩から下で動かす下手投げ(アンダースロー)で投げる。男がするような、肩越しに腕を動かす上手投げ(オーバースロー)は欲求不満か何かの時にやるぐらいだ。上手投げは何千世代もの長い間、腕を使う狩りによって完成された、男だけに遺伝する運動様式なのである。

 われわれヒト科の社会集団は結果として、機能分離を起こした。狩りに出掛ける大人と若者の男たちの狩猟バンドがあり、そして洞窟や居住地には女、赤ん坊、狩りに行くには幼すぎる少年、出産には幼すぎる少女たちが居残る家グループがあった。家グループの者たちは乏しい食用果実や植物を求めて近辺を探し回ったり、鳥や兎にわなを仕掛けたり、小鹿の1頭や2頭を捕まえたりする採集者であった。こうして男の世界があり、女の世界があり、そして責務があった。ほとんど200種もある現世霊長類の中で、離乳期を過ぎても誰かが誰かを養い食べさせるのは唯一、われわれだけである。狩りのできない者たちを養い食べさせるために、仕事の分業と狩りの義務とが肉食と共に生まれたのである。

 人間の狩猟社会で、大人の性が分かれたことが労働の分業の始まりを特徴付ける。リカオンではまだ子どもが小さいと、獲物をたらふく腹に詰め込んで家に戻り、それを吐き戻して子どもたちばかりか家に留まって子どもを守っている者にも分け与える。これは全くのところ分業の先駆けである。しかし家や子どもを守るのは母親とは限らない。メスでないこともある。いつでも交代しながら子どもの世話をやくのである。ヒト科の社会で初めて、社会全体に対する機能的な寄与に基づいた最初の社会的分業が始まった。それと同時に相互の独立と強制的な責任が生じた。狩猟バンドがその義務を忘れてサバンナの社交場から戻ってこなければ、その社会は遠からず消えてしまうだろう。自然淘汰は集団のレベルにも働き、生き残る条件として社会的責任を一番上に置いたのである。

 社会的義務はアフリカのサバンナで、人間の脳が大きくなるずっと以前に生まれた。狩猟バンドはバンド自身でなく、グループのために獲物を殺した。そして獲った肉を毎日のように、時には頻繁に居住地に持ち帰る必要から狩猟生活には別の制約が生まれた。獲物を殺したあと、サバンナにそのまま肉を放置しておくことは捕食者社会の他の競争相手に奪われてしまうことになる。そればかりか、どこにでもいて、何でも探し出すハゲタカにも負けることを意味した。それを回避するために、狩りの範囲を一定区域内に制限する必要があった。それは更にグループの大きさにも制限を加えることになった。そして狩りの範囲の制限は多分、真のヒト科の時代より、それ以前の時代のほうが小さかっただろう。ジョン・ネーピアはホモ・ハビリスの足の骨に関する研究で、人間の進化のこの時期に、われわれはうまく走れなかったばかりか、大またで歩くことさえできなかったという結論を出している。長距離を歩くことはわれわれに不向きだったし、できなかったのである。

 狩りをする霊長類に、一定の境界とその空間を独占的に利用するなわばりの原理を導入させたのは、われわれの狩りをする範囲の大きさにかかったこの制約であった。なわばりという現象は、周知のように植物食の霊長類に散発的に出現する。それが霊長類の行動目録の一つであることは確かだが、それが必ず現れるものでないことも確かである。遠くまで出向いて歩き回ることのできない社会的ハンターにとって、占有的に守られるべき狩りのなわばりは強制的であった。そうでなければヒト科のライバル関係にあるヒト科のバンドに獲物を盗まれてしまう。よく動き回るオオカミやライオンやハイエナでも狩りの空間を暗黙の内に分割しているのである。リカオンの群れだけは、獲物が怖れをなしてみんな他所へ逃げてしまうので、なわばりを持たず、自分たちのうわさが立つ前に常に新しい狩りの場所を求めて移動し続けなければならない。

 われわれは、リカオンほど恐れられることはなかった。だから解剖学的制約の進化の時代を遡るほど、われわれの狩りの範囲は狭く、占有空間を求める必要度は高かった。先祖のハンターたちの生活になわばり行動はどうしても必要なものだったと思われる。しかし同時に、狩猟社会のヒトの数が増えて、最良の狩り場の必要度が高まるまで、競争はそんなに激しくはなかったと推測される。われわれはなわばりの空間配置を多くの種と同様、相手を回避することによって実現した。確かに喧嘩も言い争いもしただろう。しかし面倒を起こしがちな隣人たちと喧嘩をするよりは、しないようにするのに苦労した。

 それは近くの狩猟バンドとのコミュニケーションよりは、むしろ協力を必要とした狩りの場での相互コミュニケーションである。狩りそのものが、まだ萌芽的だった会話の発達に役だったことだろう。われわれの競争相手だったライオンは、捕食社会の誰よりもうまい戦略的な狩りを発達させている。ライオンのメス・グループは獲物とその状態の品定めをし、川や沼地のような障害を利用して、まず一、二頭が注意を引き付けるように離れて行き、その間に他のメスたちは待ち伏せをするために隠れる。それから1頭が突然跳び上がり、隠れている殺し屋の許へ真っ直ぐに獲物を追い込むのである。ジョージ・シャラーはその観察から描いた何枚かのスケッチを私に見せてくれたが、それらはアメリカンフットボール以外の何ものでもない。だがライオンはタイミングを間違えてしばしば失敗することがある。仲間は互いに隠れて見えないので、1頭が跳び上がって獲物を追い込む時、待ち伏せ役のいない方向へ場所を間違えて追い込んむことがあるのである。

 音声信号と警戒の能力は、ヒト科のどの狩猟バンドにとっても選択的価値を持つものであったろう。しかし、狩りそのものが言語の揺りかごであったというのは疑わしい。ヒヒやアカゲザルの信号より幾らかましな信号でも、広いレパートリーがあったはずである。真の言語が生存価に役立つ場所は、狩猟バンドの社会的資産としての情報の蓄積と、若者の教育の中にあると思われる。

 動物社会では防衛の機能の次は教育の機能しかないことを第三章で論じた。動物の種によって子どもの成熟度は異なるが、成熟が遅ければそれだけ学習することも多くなるに違いない。そうでなければ遅い成長を選択したことは不利益でしかないだろう。そこでヒト科では教育に高い社会的価値が与えられていると考えられるのである。しかしヒト科は、狩りをする動物にしては決して強いほうではないという奇妙な一面を持っていた。巨大なオリックス・インデットの狩りに、幼い息子を連れて行ったりはしなかった。では、息子はどうやって狩りのことを学んだのだろうか。狩猟社会全体の孤立した状況についてもう一度考えてみよう。家というものは一つの明確な概念である。決まった広さの場所で、そこには骨が散らばっていたり、道具類の散乱する住居跡であったり、何らかの資産であったり、という具合にである。オルドヴァイの200万年前の地層でリーキ―たちは素朴な避難場所の土台とみられる長円形の石の構造物を見つけた。だが、私は疑問に思っている。そんな長円形の、間違いなく土台の構造物が幾つか1969年、南フランスのニースの港から数百メートルの所で見つかったからだ。決定的なことは、それは30万年前のもので、比較的最近まで、そのような遺跡は唯一ここだけしかないのである。リーキーの発見は、人類学の謎としておくほうがよいと思われる。オルドヴァイ峡谷に避難場所は必要でなかったのである。そして、そこには狩猟集団の移動の問題があった。

 住居跡の存在は1年を通じてそこに住んでいた事を意味しない。獲物が季節的に移動する時は一緒にそれについて移動したに違いない。なわばり自体も移っていったことだろう。それでも、その狩猟社会の野営したところがどこであっても、二つの観念が進化しつつあったわれわれの心に深く刻み込まれたに違いない。その一つは家という居住場所である。そこで女たちは赤ん坊を寝かせ、同い年の若者たちは仲間グループで狩りの真似事をして遊ぶ。獲物の肉を肩に背負った男たちは疲れきって戻ってくる。獲物が大きいか小さいかは時の運だが、殺した時の解体の仕方にもよる。家とはそういう所だった。それはジェスチャー遊びに似ていた。パントマイムの身振りだけで示されていた。そして、家はその第一幕であった。もう一つの観念は狩りの世界である。そこで演じられるのは、ヒトを威圧する脅威の木の茂み、不安に満ちた水場、進化しつつあった二本の足で挑戦する果てしないサバンナであった。狩猟バンドの場面では、男たちの行動は警戒態勢であり、獲物の発見であり、作戦を練るところであった。また生涯の戦友愛であり、暴力行為であり、夜明けから夕暮れまで続く危険の連続であった。私はヒト科の社会の二極性――機能の分離、体力の分離、行動や日常の仕事や目的の差異――が言語の揺りかごとなったことを指摘しているのである。物事は語られなければならない。あるハンターがけがをしたとか、ある子どもが病気になったとか、何も獲物を持たずに帰ってきたハンターは詫びながら逃がした獲物の大きかった事を話さなければならない。居住地の近くをうろつくヒョウがいれば女たちはその数をかぞえ、地図に描いて記述されなければならない。自分たちのグループを守るためにはそれが必要なのである。社会的地位やアルファにかかわらず誰にでも許される重要な動機は、狩りで大きな獲物を逃がさなかった時、聴衆の前で自慢したいハンターの気持ちだった。その日の英雄的行為の思いもよらない偶然性を細部にわたって正確に語り、何度も繰り返して語りたい欲求に駆られたのである。われわれは今もそうしている。このようにして、その日の狩りの経験は伝統に、伝承に、将来世代の知恵と強みに記憶されていった。それは、そのグループが選択した利益になった。息子や少年たちは耳を傾けて聞いていたのである。

 多分それを陳述するには、これは粗雑な方法かもしれない。しかし動物と人間の言語の違いは物語を語ることなのである。現代言語学の最前線にいる開拓者たちノーム・チョムスキー、エリック・レンネベルグ、トーマス・シービオクのような人たちは、子どもが急速にことばを学習するのは連合学習や強化説によって――言い換えれば、親を喜ばせようとか、親の不興を招かないようにしようとかする努力によっては完全に説明できないと考えている。多くの親たちもこれには同感だと思う。言語学習の生物学的基礎は文法の学習にある。生まれつき保持している何らかの型が、単語の学習だけでなく、適切な語順をも決めるために存在しているに違いないのである。私自身は、文法の始まりは物語を語ることの中にあると思っている。主題や予測の中に、また、人間の脳がまだ大きくなっていなかったずっと遠い昔に語られた物語、人間の脳の構成に寄与するずっと以前に語られた物語の中に文法の始まりがあるのだと見ている。動物の言語は、あるがままの状況を記述し規定する。警戒したり、警告したり、行動を起こすベルや嬉しい時のベルを鳴らしたり、欲しいものをねだったり、怖がったり、なだめたりという具合だ。一方、人間の言語は状況を呼び起こしたり、原因と結果を関連付けたり、先を予測したりする。それは、何かの筋を話すのである。また善悪の判断を示すものでもある。たとえごく萌芽的なレベルだとしても、このような言語能力の手段を操ることができたヒト科の狩猟バンドは、同じ捕食者の競争相手に対して勝つことができた。情報は単に蓄えられただけでなく、王制や商人の富のように、後の世代へ伝えることもできた。なぜなら前にも述べたように、少年たちは耳を傾けていたからである。そして徐々にではあるが、人間のコミュニケーションという光り輝く武器が造られ、聞き方が洗練されるのと相俟って、未熟で非力な若者たちを、バッファローの日やライオンの夜に備えさせることができたのである。

 今という時から、過ぎ去った時までの測り知れない海を遠く振り返って見れば、われわれがヒト科から相続したさまざまなものを、まるで死者たちの資産のように評価することはわれわれの能力を超えていることがわかる。どれに価値があり、どれに価値がないのか。どれが文明化した人間の未来に役立ち、どれが不適応でわれわれを傷つけるのか。確かに200万年の間、われわれは手にした武器にずっと頼ってきた。自然から何の武器も付与されていなかった地上性の霊長類が生き残るためには、この武器の発明がなければわれわれは存在し得なかった。しかし、われわれの存在を可能にしたこの文化的な発明との相性から、武器が怪しげな遺産になったことはよく知られている。だが、同じ想像もできないような時間を通して、われわれは協力と社会的義務と集団に対する個人の責任を、他の霊長類が到達し得なかったレベルにまで完成させたのである。

 初期のヒト科は、脳に90億の神経細胞に回路をつくり、われわれが性向と呼ぶ一種の様式を完成させて将来の大きな脳への道を開いた。こうして文法という、物語を語る様式の生物学的基礎が整った。そして武器が人間の歴史に深い影を落としたように、ことばは人間の歴史に光を当てることになったのである。

 男だけから成る狩猟バンドの性質が新しい脳に与えた影響は直接的には小さい。ここでいう狩猟バンドとは9人か10人、もしくは11人の屈強の大人と若者が協力してつくるグループである。もっと小さなグループもあったに違いないが、協力して行う狩りには向いていない。また、グループがもっと大きくなれば、きまった狩りのなわばりで養うにしては、余りに多くの者を抱え込むことになる。ヒト科の時代が始まった頃のアフリカのサバンナはコートラントのことばを借りれば、肉屋の楽園だったに違いない。われわれは狩りに熟達していなかったので獲物の動物は、ただ恐怖を味わうだけだった。獲物に接近できる逃走距離は短く、従って追跡するのに問題はなかったに違いない。しかし、ホモ・ハビリスよりずっと以前のその時代、われわれの足はまだ適応がわるく、二足歩行の姿勢もとれず、慣れない手に素朴な武器を握っただけだったことを思えば、狩られる獲物もうぶなら、狩りをする側もうぶだった。それと同様に、傷を負った動物は死にもの狂いになる。その時代のわれわれが逃げ延びる力も実にひどいものだったに違いない。

 狩りが危険な取引以外の何物でもなかった肉食のヒト科の歴史を再現する時間はない。狩りの技術と解剖学的な適応が進化し、サバンナの中でわれわれの評判が更にわるくなるにつれて、獲物の用心深さと防衛能力も進化した。われわれがうまくいったのは、獲物も競争相手の捕食者も太刀打ちできない霊長類生来の機知のおかげだった。もしスペリオル湖のロイヤル島のオオカミに、ヘラジカを値踏みすることができるとすれば、とにかく集まって尾を振りながら鼻付き合せて円陣を組み、相談する。そして、このヘラジカはいささか手に負えない相手と決まれば狩りを断念することになる。これなら確かに、相談して決定する能力というものはたいしたものである。だが、弱い捕食者だったわれわれの機知は、そんな立派なものではなかった。

 われわれが互いに相手の事を知っている知識は、たとえば狩り場なら、側面にいるあの仲間は力はあるが少しばかだとか、目の前にいるヌーがどの方向へ逃げるかを誰よりも一番よく知っているリーダーの決定なら従うとかいった評価である。また、あの若者は経験は浅いが、あんな勇気のいることをやった奴だと賞賛したり、あるいは、静かに狭めてゆくこの包囲網なら、どんな動物も絶対に逃げられないと確信したりするのもそうだ。これらの知識を信じることでわれわれは生き、また死にもしたのである。だから、われわれの小さなグループの社会的全体性は生存の確実性そのものだった。

 ばかげた事かもしれないが、現代生活の中にも数の比率に関して無視できないことがある。米国の陪審員制度では11人の陪審員と1人の陪審長を選ぶ。軍隊の分隊という単位は伝統的に11人の兵士と1人の分隊長から成る。政府の省庁の数は多くなっても9か10ぐらいで、11以上になることはめったにない。同様にサッカーやホッケーのようなコンタクトスポーツの守備は1チームが9人以下や11人以上になることは稀だ。ソ連共産党中央委員会の政治局員は11人である。イエス・キリストが弟子の12使徒を選んだ時、イエスは1人多く選び過ぎたこと(イエスを裏切ったユダのことを指す)が、いかにも暗示的に思われるのだが、どうだろうか。

 これは狩猟時代の過去から人間の男に受け継がれた社会的性向なのであろうか。それとも、こじつけに過ぎないのか。とすれば単なる偶然なのか。偶然にしては合いすぎる。ひょっとして、11という数は男性の性向に関して、何らかの進化のルールを示しているのではないだろうか。ちょうど不吉な13の数字が赤く点滅する警告を意味するように。確実に言えることは、信頼と相互理解という男性の性向に関して、大きな脳を持つようになった男性は、小さな脳を持っていたその先祖と同じ数の小グループを持ち続けているということだろう。そうしなければ心が落ち着かないということの反映なのである。この傾向は、男性の上手投げの運動機構が数百万年前の狩猟時代から変わっていないのと同様、遺伝と考えられるだろう。遺伝でなければ、300万年以上も前のエチオピアの河床で発見された小さなアフリカヌスの時代から、脳容量は三倍にもなったのに、われわれは技術も社会もほとんど進歩しなかったという極端な解釈になってしまう。

 ライオネル・タイガーは『集団の中の人間』で、どのカクテルパーティーにもみられる、男性が他の男性と一緒に飲む好みから、男性の絆というものを適切に重視している。タイガーは男性の絆を人間社会の背骨のように見て、その進化の起源に注目している。その本は1969年の出版だから、もう少し遅ければ狩猟バンドの性向もその一つとして本の中に含まれていたかもしれない。オスだけのグループはどの動物にも共通して存在するが、それが社会機能や重要な組織として役立つことは余りない。オスのグループはサバンナで獲物を獲っていた特殊な霊長類――われわれ自身なのだが――が、ばらばらに孤立していたオスの伝統を利用して、彼らを小さなグループにまとめた進化の方法であった。その小さなグループの力は強く、現在のわれわれの中にも残っているのである。

 

 現代工業の経営者もマグレガーがそのY理論で示したように、労働者たちがつくる小グループの効率や協調や感情的満足度をよく考えて対処するだろう。こうして、われわれの自己確認と刺激と安全に対する生得的欲求は数百万年にわたって満足させられてきた。若者の非行グループが犯す略奪に注目する社会科学者も同じことを考える。都市計画立案者や建築家は都市の荒廃に直面して、この11人のルールに、その数が有効か否かは別にしても、何らかの啓発か閃きを受けることに一縷の望みを託して、注目するかもしれない。刑務所や精神科病棟の管理者なら、11人のルールに、より直接的な価値のヒントを見つけるかもしれない。教育者なら「実に面白い。で、次はどうすればよいかだ」と、ため息を漏らす。ホステスなら、蛇足ながら、心に留めておくがよい。男というものは同性愛以外の理由でも、男を楽しむものだということを。

 このように男の小グループは、脳の新皮質の拡大にもかかわらず、人間の現代生活にも満足の要因を残している。しかし、われわれは、狩猟バンドが暴力行為の場で自然淘汰によってつくられ、完成されたことを心に留めておかなければならない。