一緒に暮らす家には、更年期障害と思われる妹がいる

 

ずっとイライラしていて、感情的に7歳の自分の子供にずっと怒鳴っている

 

可愛いはずの我が子をにらみつけ、言うことをきかそうとする。

 

発達スピードの早い遅いはあるとしても、

泣き出したら止まらなくなり、まだ感情のコントロールがきかない。

 

そんな子供に

 

強い口調の関西弁で「泣くな」「いいがけんにしろ」とえんえん怒鳴りつける。

 

私からしたら可愛い姪っ子だ。

 

その怒りを小さい体で必死で受け止め、円形脱毛症になっている。

 

 

妹は夜の仕事でいないことが多い。

 

そんな時お風呂に入れて髪を乾かし、絵本を読み寝かしつける。

 

たとえ妹が家にいても、母親と風呂に入りたがらないから、私やおばあちゃんが入れる。

 

日曜は夜は仕事が休みでも飲みに出掛けることがあり、結局家にいない。

 

先日、泣きじゃくり髪を洗いたがらない、その子をあやしていたら、

妹がやってきて、お前が悪いと言い出した。

 

もう意味わからん ゲッソリ

 

嫌がって泣くのは感情のコントロールがまだできないから、

いろいろ出来るようになるのを待つことも子育て。

 

今何も上手にできなくても、幼い間の短い時間は愛しいものだとも話した。

 

「怒鳴る怒るのは言葉の◯待では」ともちろん伝えたことがあるが

 

が、全然聞く耳を持たない

 

 

私に向かって「お前が悪い、出ていけ、お前のせいだ」

 

「お前がいるからイライラする」と

 

誰も話せないぐらいに大きな声でたたみかける。

 

テレビで、隣人にただただ罵声を浴びせる人を見たことがあるが、

まったくコミュニケーションが取れない、会話にならない、あんな感じです。

 

どこか病んでいるのだとしても本人は認めないしわからないと思う。

 

イライラしたとして、それを自分の子供に向けるのか?

 

全く意味不明 凝視

 

 

実は前にもこういうやりとりはあった。

 

その時も「出ていけ」とキレられ、私は怒りを向けられたことがショックで、オロオロするしかなかった。

 

子育てを手伝い、家族と過ごせる時間は、貴重なもので喜びさえ感じていたのに、

 

心臓はバクバクするし、大きく動揺して辛かった。

 

 

そして今回、人生一、強烈な怒りを向けられたのだが、不思議と平気だった。

 

それは妹が思考に囚われて自分を見失っていることをハッキリ理解できたからだ。


 

イライラするのは子供のせいではない

 

家族のせいでもはない といった、

 

「イライラするのは周りのせい」ではないこと

 

感情のコントロールができずに

 

自分でイライラする感情を選んでいると知っていたからです。

 

 

 

短いやり取りの中、私が瞬時に反応できたのは

 

どこかで読んだ「私以外、誰も私を傷つけられない」という言葉を思い出し、

 

傷つけられることを言われても「私はそれに値しない」と自覚があり

 

傷つくことを選ばなければいい。

 

 

・怒りの対象になることに私は同意しなかった

 

・怒りを向けられても、私はそれに値しない人物

 

そうしたら飛んできた怒りの矢は、私の胸には刺さらず、スーッとよけて行った。

 

ある意味、これは折れない自分マネージメントかもしれません。

 

クヨクヨしやすく辛くてたまらない、不幸な自分をなんとかしたいと長くどん底人生を送ってきて、

 

思考やエゴ、心理学など様々なものに取り組み、向き合ってきたからだとこの自分になれたのかと思う。

 

またその取り組みについては、じっくりブログを書くことをしたいです。

 

ではまた