昨日書いた記事をみながら再考。

天親院の宝塔と書いたものだが、地図だけから判断すると泰明院のもののようにも思えますな。

太陽が右から入ってきていて、後ろに山がない。ただし茂った木はある。
http://image.tnm.jp/HistoricalPhotos/HP0124/PCDB-012326.jpg
http://image.tnm.jp/HistoricalPhotos/HP0125/PCDB-012462.jpg

泰明院宝塔 西向き、後ろはすぐ土塀。
 三解脱門の左側なので、
 絵葉書からどれくらい木が茂ってるか確認ですな。

天親院宝塔 南向き、地図で見ると、後ろは林。
 東から廟域に入って、北に折れて廟所がある。

天親院宝塔付近の図。五千分の一原図から。


・泰明院の廟とするとキャプション「十一代将軍女」が正しい。
・明るい日中とったとすると、南から射光で左に影ができるで正しい。
・子女の宝塔としては寛永寺の「貞明院」「乗台院」の例があるから否定はできない。

・天親院の廟とするとキャプションが誤り。
・午前中に撮影すれば左に影ができるでおかしくない。
・宝塔の寸法が採寸されており、それをみるとプロフィールはほぼ相似。
 (笠と胴の比が近いものがある。)
・戦後の写真でみる基壇の形状・高さ等々を比較すると同じに思われる。

もう少し熟考。

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それと清揚院付近の図もついでに載せておく。
清揚院霊廟付近の図。廟の右側は古墳でしょうね^^

ふむ。