「今日はなジャグイベやさかい。ハズせへんで」

タマコはそう云うと

いつものファンシーケースから、若干傾いでいるハンガーにかかっていたバイオレットのブラウスを取り出した

ボトムは勿論、シルバーメタニックのスキニーだ

「なぁ、これカワイイやろ」

ブラウスの襟に飾られたアクセサリーが鈍く光っている

「これな、ビジューいうんやで。ファッションに疎いオマエに説明してもしょうがあらへんけどな」

「ふーん、その格好でジャグラー打ちに行くんだ」

「そうや。これが馬場の博打打ちタマコや。ええか、あてはな逃げも隠れもせえへんでぇ」

タマコは早稲田通りへと飛び出していった

「ものほんの博打打ちは目立たないもんやと思うんだけどな」

僕はもう少しだけ時間をつぶそうと

読みかけの「喰いたい放題」を手に取った

表紙の蛸がすごく旨そうだ


19:00ちょっと前

ふんぞり返ったアブラゼミに少し驚きながら早稲田通りを歩いていき

高田馬場駅のロータリー沿いを忠実に曲がりながら少し上っていく

上りきったところが今日のゴールだ


寂しい、「成蔵」のネオンが消えている


とんかつ「成蔵」

東京一、いや日本一だったかもしれない

残念なことに僕は行けなかった

いつも行列なのでいつかはと思っていたら

「成蔵」が「なりくら」になっていた

お弟子さんのお店らしい

地下に降りていくとちょうど満席でメニューを渡された


僕は雪室熟成豚のひれをオーダー

5分ほどで案内され10分で着膳

オーダーから着膳まで動きに無駄がない

見てて気持ちがいい

そして、なりくらとなったお弟子さんだろうか

まだお若く見えるのに

僕を迎えてくれた優しい微笑みがもう好ましくて仕方ないのだ

なにかもう厨房での佇まいがすごく柔らかというか、いいなぁ

こりゃ、もう旨いや

雪室熟成豚のひれかつ定食


僕は一つめは何もつけず、二つめは岩塩、三つめはソースで食べたんだけど

どれも美味いね

特に肉の旨さは傑出しているね

ひれなのに何なんだろうこれは?って感じ

とにかく、柔らかで溢れる肉汁

勿論、肉自体が素晴らしいんだと思うんだけど。

にしても、こんなに?って感じ

これは仕込みにも秘密があるのでは?

ってね

たとえば

肉を薄く切って何枚も重ね合わせているとか

そうミルフィーユみたいなね

勿論そんなことはないんだけど、

そう疑ってしまうくらい肉汁溢れます?

ヒレなのに

ってね

いやはや、まことに美味しゅうございました

っていうか

やっぱり、

このお弟子さんなのか店主さんなのか

ほんとうに素敵だ

いつも優しい微笑みで、お客さんが帰るときも会計しているお客さんの方を向いて、お礼の挨拶をしてらっしゃる

気持ちいいなぁ

これだけでも何か成蔵の師匠との関係性が垣間見えた気がするなぁ

まるで、

べんてんのマスターととしおかの店主のように

ご馳走さまでした

今度は僕が来たときにはもう売り切れていた雪室熟成豚のリブロースを食べに来よう



相変わらずネオンは消えているな

でも「成蔵」のネオンだからいいのか

うん、

これはきっと「なりくら」としての

店主の矜持なのかもしれないな

ホント、タマコにも

この爪の垢を煎じて飲ましてやりたいわ