昨日、親父が早朝のパートに向かう途中に交通事故に遭ったらしい。
外傷は無く意識も鮮明だったが、念の為に病院に救急搬送された。
診察の結果!異常は見られ無いとの事で夕方に帰宅。俺は夜勤明けで昼頃には帰宅していたのが、両親は不在で買い物にでも行ってんだろう?と思い。一人ボーッとリビングで過ごしていた。夕方に両親が帰宅して詳細を知った。…その時は父は別に身体には異常も何の症状も無いと大声で話してたが、俺は事故発生時にエアーバックが作動したんだし、今は外傷が無くとも異常は必ず後で痛みやら腫れやらが出るんだから注意しろと言った。案の定一晩明けたら身体的な症状が出ました。
夜中寝ている最中にお母に叩き起こされ、両親の部屋に向かった様子を見ると親父は一人やっとベッドから起き上がり始めていた。そして、ベッドに腰掛け頚部と下肢の痺れと痛みに併せて胸部の痛みも訴えた。
意識はあるし、幸いに家庭用の血圧器が両親の部屋にあって測定したが異常は無かった。やっとこサと父は立ち上がり、頼む杖を持ってきてくれと訴えて、急いで婆さんの部屋から杖を持ってきた。父はパートに行く支度をはじめ杖を使い痛みに苦しみながら伝たり歩きを始めた。予め自分が持っていた‘ロキソニン’1錠を父に服薬させた。
それで、父は退職後から続けてるパートに向かいたい。自分の仕事には穴だけは空けたく無いと頑固に言うので、仕事の身支度をさせ、休日の早朝だったが倦怠感と眠い盛りだったが父を自分の車に乗せて、父のパート先の配送センターへと向かった。
市場に隣接する配送センターに着いた頃には父に服薬させた。ロキソニン(錠)の効果が現れだした。父が仕事に使う配送車の2tトラックには野菜や米と酒類が積んであった。車の運転 は俺(父)がやると父は言い出した。…
俺は俄かの配送助手になった。
父の仕事の配送先は何軒かのホテルだった。父がかって働いてた会社の系列に連なるとは聞いたが、そのホテルに納品(配送)に訪れると驚き…盆明けなのに消費されてる空のビール瓶や樽が少ない。
それを見た父曰わく、今のお前は家と職場(精神科)を往復する生活で世間の忘流れはピン?と来んと思うと…父は喋り出しました。最近のは“ノンアルコール物”の需要が増えたよ。忘新年会シーズンは相変わらず酒類の消費が多いが、近年は不景気で、年々とGWや盆・年末年始明けは散々たるモンなんだよと俺に話していた。
(ロキソニン)薬が効き出してから父は前に“脊椎管狭窄症”からくる痛の余り歩くのがやっとで、俺が仕事(パート)に同行した時の話を喋り出した。
あの時?は今回と同じで、お前の休日の日とピッタリ合致して良かった助かったよと父は一人で饒舌に喋り出した。
俺は助手席で、ただ黙っていた。(^_^;)
違うよ、あの時は俺が10時から始まる遅番勤務の日だったんだよ。と言いたかったが、機嫌を損ねたく無いから黙っていた。…是がツイツイ身近にいる家族が見逃す『認知症』のサインなんだよな?。とf^_^;勝手に思っていた。f^_^;
俺は次男だし、兄貴{家族}は転勤族でずっと遠方に住んでるけど、両親はダチかん・ごじやっぺ(不肖)な俺よりも長男の兄貴を気に入ってる。(-.-;)
早く両親の何れかの『認知症』が進行してしまわない内に逃げよう。…今両親と住んでる家は俺の物にはならない。との現実を踏まえた(笑)打算が絡む。さて、どう?逃げたら良いか?。(ρ°∩°)
と悩みながら朝の7時30分頃に帰宅した。そして、GW直後だったが掃除中に転倒した際に左手の手関節部と手掌部を骨折して、入院オペ、退院してリハビリに通う母親と交通事故後の身体的不調を訴えた杖歩行状態の父親の二人を連れての某総合病院での整形科受診の付き添いと交通事故後の事故関係の手続き等で、忙しい休日だった。
外傷は無く意識も鮮明だったが、念の為に病院に救急搬送された。
診察の結果!異常は見られ無いとの事で夕方に帰宅。俺は夜勤明けで昼頃には帰宅していたのが、両親は不在で買い物にでも行ってんだろう?と思い。一人ボーッとリビングで過ごしていた。夕方に両親が帰宅して詳細を知った。…その時は父は別に身体には異常も何の症状も無いと大声で話してたが、俺は事故発生時にエアーバックが作動したんだし、今は外傷が無くとも異常は必ず後で痛みやら腫れやらが出るんだから注意しろと言った。案の定一晩明けたら身体的な症状が出ました。
夜中寝ている最中にお母に叩き起こされ、両親の部屋に向かった様子を見ると親父は一人やっとベッドから起き上がり始めていた。そして、ベッドに腰掛け頚部と下肢の痺れと痛みに併せて胸部の痛みも訴えた。
意識はあるし、幸いに家庭用の血圧器が両親の部屋にあって測定したが異常は無かった。やっとこサと父は立ち上がり、頼む杖を持ってきてくれと訴えて、急いで婆さんの部屋から杖を持ってきた。父はパートに行く支度をはじめ杖を使い痛みに苦しみながら伝たり歩きを始めた。予め自分が持っていた‘ロキソニン’1錠を父に服薬させた。
それで、父は退職後から続けてるパートに向かいたい。自分の仕事には穴だけは空けたく無いと頑固に言うので、仕事の身支度をさせ、休日の早朝だったが倦怠感と眠い盛りだったが父を自分の車に乗せて、父のパート先の配送センターへと向かった。
市場に隣接する配送センターに着いた頃には父に服薬させた。ロキソニン(錠)の効果が現れだした。父が仕事に使う配送車の2tトラックには野菜や米と酒類が積んであった。車の運転 は俺(父)がやると父は言い出した。…
俺は俄かの配送助手になった。
父の仕事の配送先は何軒かのホテルだった。父がかって働いてた会社の系列に連なるとは聞いたが、そのホテルに納品(配送)に訪れると驚き…盆明けなのに消費されてる空のビール瓶や樽が少ない。
それを見た父曰わく、今のお前は家と職場(精神科)を往復する生活で世間の忘流れはピン?と来んと思うと…父は喋り出しました。最近のは“ノンアルコール物”の需要が増えたよ。忘新年会シーズンは相変わらず酒類の消費が多いが、近年は不景気で、年々とGWや盆・年末年始明けは散々たるモンなんだよと俺に話していた。
(ロキソニン)薬が効き出してから父は前に“脊椎管狭窄症”からくる痛の余り歩くのがやっとで、俺が仕事(パート)に同行した時の話を喋り出した。
あの時?は今回と同じで、お前の休日の日とピッタリ合致して良かった助かったよと父は一人で饒舌に喋り出した。
俺は助手席で、ただ黙っていた。(^_^;)
違うよ、あの時は俺が10時から始まる遅番勤務の日だったんだよ。と言いたかったが、機嫌を損ねたく無いから黙っていた。…是がツイツイ身近にいる家族が見逃す『認知症』のサインなんだよな?。とf^_^;勝手に思っていた。f^_^;
俺は次男だし、兄貴{家族}は転勤族でずっと遠方に住んでるけど、両親はダチかん・ごじやっぺ(不肖)な俺よりも長男の兄貴を気に入ってる。(-.-;)
早く両親の何れかの『認知症』が進行してしまわない内に逃げよう。…今両親と住んでる家は俺の物にはならない。との現実を踏まえた(笑)打算が絡む。さて、どう?逃げたら良いか?。(ρ°∩°)
と悩みながら朝の7時30分頃に帰宅した。そして、GW直後だったが掃除中に転倒した際に左手の手関節部と手掌部を骨折して、入院オペ、退院してリハビリに通う母親と交通事故後の身体的不調を訴えた杖歩行状態の父親の二人を連れての某総合病院での整形科受診の付き添いと交通事故後の事故関係の手続き等で、忙しい休日だった。