吹田・関大前「静心庵」・僧侶の叶淨華です
涅槃経と言うお経の中にあるお釈迦さまのたとえ話です。
海の底に目の見えない亀が住んでいました。
その亀が100年に一度海の上に浮かんで顔を出します。
広い広い海の真ん中に、穴の開いた流木が一本浮かんでいます。
「亀が浮き上がってくる時、その流木の穴にちょうど顔を出すことがあるだろうか?」
と、お釈迦さまはお弟子に問われたといいます。
すると、お弟子は「そのようなことはほとんど有り得ないでしょう」と
答えました。
お釈迦さまは、「本当に難しいことだが、まったく無いとは言えないだろう」
と答えられました。
いかに確立が低く難しいことである。
人として生まれるということは、それと同じくらい難しいことである。
たとえ「生」を受けてもいつか死ぬことが約束されているのに
今、こうして生命があることは、とてつもなく有難いことである。
驚くべきことなのである。
それゆえ、今ある命は給わった命であって、一日たりともおろそかに
出来ないはずです。
そのことを「盲亀浮木(もうきふぼく)のたとえ」というお話でもって
説かれました。
このお話を今月の法話の中で話すつもりです。
また、この絵は自分で描いたのですが、イメージ伝わるでしょうか?
スマホの写真でキレイな色が出ませんでした