時代はいつもオヤジに厳しい~さよならXP・編~ | 白帯以前素人による「なんちゃってテコン島」

白帯以前素人による「なんちゃってテコン島」

独習しているテコンドーや子育てその他感じた事等駄弁を色々書きます。

 ヘローです。


 大分春らしくなってきました。


 春はいろいろと忙しいでんな。


 この忙しい最中にPCのお引越し&調整に一日もかかって


 まったくまいってござるでやんす(死語)。


  そして、新しいウインドウズ8.1の使いづらいのなんのって。


  今こうやって打ってるキーボードも使いづらい。


ま、それはOSの所為ではないですが。



あっし、自慢じゃないですけど、機械オンチではなく、


機械嫌いなんですわ。



 学生時代なんざ、そんなあっしを見て、


「男の癖に機械オンチ」という「見下しレッテル」を貼るやつ


も少なくなかったですけどね、


 そんなあっしが人並みに機械を操るのをみて、


「え? できるじゃん」とまたまた勝手に見方を変える、


「勝手なヤロー」も結構いやした。


 ま、どうでもいいんですけどね、そんなレッテルの変化は。



 あっしが機械が嫌いというのは、「変わりません」から。


 音楽のMTR(多重録音器)も使いこなす以前に、


使おうとするまでにえらい時間が掛かったり。


そんなあっしは、PCで音楽を作るなんてのは、


いまだやる気がおきない、と。


 ま、そんなこともどうでもいい話で、


 今日の本題は、ザ・PC。



  結局が薬局(死語)、ネット以前のマックの時代から、


20年近くあっしもきらいなりにPCと付き合ってきました。


 ある時は人に任せたり、聞いたり、試行錯誤のPCとの付き合い。


ど素人なりに、最近のPCはずいぶんと使いでもよくなって、


 ちょっとした市販のマニュアルや、


メーカーのトラブルシューティングなんて見れば、


大抵のことは解決できちゃう時代になってはいるわけで。


 でも、PCフェチや専門家じゃない素人オヤジの感覚では、


今まで、6台くらいPCを持ちましたがね、


 そのいずれも各々PCが持っていたパフォーマンス能力の


何分の一しか使ってないわけよ。


 簡単に言うと、「いらねえんだってそんな多機能は」という世界。



 なのに、現在のPC不可欠の時代、



メーカーの作るまさに「人工的なトレンド」に振り回されて、


 あっちゃこっちゃ目移りしながら、PCを新調し、


右往左往しなきゃならない悲哀が今の世界にはあるんですよ。


その悲哀を否定、拒否することはすでに難しく、



 その悲哀を甘受しなければ生きていけないという


悲哀の二乗構造ですな、いわば。


 その悲哀の頂点が今回のマイクロソフトのXPのサポート終了。



 あっしのPCはビスタ(だったん)ですが、


カミさんと子供たち共有のPCはXPだったんげす。


 ネットを見るだけのカミさんたちに何の問題もないXP。


 もう彼これ10年以上も問題なかったXP。


 それをメーカーの都合でおさらばしなきゃならない。


 こんな理不尽なことがあっていいのかどうか。



 勿論、ええんでしょう、ええんでしょう、


グローバル経済的には誰も文句も言えないし。



 でもね、これってよく考えてみると、


我々の価値観にかなり影響する、してるんじゃないかと。


携帯もそうだし、


 子供のゲーム機もそうですが、次世代機が必ず数年のサイクル


で登場する、そのたびに買い替えるのも当たり前。



電化製品なんかもそれに近い状態。



 生まれたときからこんな世界で育っている子供たちに、


「ものを大事しろ」という文化や、


「古いものの良さ」を知れ、なんて文化も守れるわけない、と。



 いや、すでにあっしらオヤジ達の中にも


そんな文化が消えかかっているかも。



 だって、周りに古いものなんか今ないじゃん!


 いるじゃん。


 え? 何?


 カミさん。


なんつってオヤジギャグで失礼。



 思えば、数年前の「三丁目の夕日」ブームもおかしかった。


だってね、あの、昭和30年代の風景・人情だって、


「新しいもん」だったんだぜ。


 あんな「新しい世界」じゃなかったんだよ、実際は。


あっしは昭和40年代ベイビーですがね、


あの映画の「妙な真新しさ」についていけなかった記憶がある。



あの風景、あの世界、ぱっと見た目には、


確かに似ている、似ていた。



が、一つだけ決定的に欠落していたのが、


「洗練さがない」こと。



 そうあの時代、


庶民の生活は全然「洗練されてなかった」んだよ。



 あんな「洗練された古さ」の中にいなかったんだよ、ベイビー。


人間関係も社会も町も近所ももっと「濃かった」んだよ、ハニー。


そして、「仕方ない汚さ」の中で皆頑張ってんだよ。


大人だけじゃない、


子供も男の子じゃ半ズボンとランニング、


女の子はおかっぱと吊りスカートで、


皆はたけの一つ、二つ顔に作って頑張ってたんだよ。



それがいいのか悪いのかは、よくわからないよ、マミー。



 だけどね、あの時代が今なら、あの時代の精神が今も


あったらね、それがメリケン(=アメリカ、死語)だって同じだよ。

 

ゲイツ坊やが、XPはもう古いから、


「ちゃーびすちまちぇん!(サービスしません)」


 なんて言おうものなら、それを聞いた近所のオヤジが、


「バッキャロー(死語)! ものを大事にせんか、このクソガキャ!」


と必ず叱ってくれたハズ。


  で、頭にゲンコツを貰ったゲイツ坊やは泣きながら家に帰って、


ことの顛末を親に言いつけるわけだ。


「何の悪くないのに、となりのおじさんに殴られた!」って具合。


するとさ、会社から帰ってきたばかりのお父さんがね、


服を着替えながら後ろを向いたまま、息子を諭すのよ、


「タカシ(誰? ゲイツ坊やじゃなかったの?)、男なら泣かないで、

よく考えてみろ。本当に自分が悪くなかったのかどうか。そして、怒ったおじさんの気持ちを分かるようになれ」


 なんてね。で、そのままお母さんの用意した食卓に座って、


お父さんは静かに食事をする。


 勿論、お母さんもタカシには何も言わない。


 涙もかわいたタカシはぼーっと両親のいる食卓を静かに


立ちすくんで見てるんだけど、はっと気づいて、


二階の自分の部屋に入って黙って宿題をする。


 すると、部屋の扉がちょこっと開くわけ、


お母さんの目が覗くんだな。そして、


「大丈夫かな」とひとちごちる。


「大丈夫さ」と後ろからお父さんの声。


 びっくりして振り返ったお母さんとお父さんがお互いを見合って、


微笑む。


 で、そっと扉をしめて夫婦は下におりていくわけよ。


かくして、この先10年はXPのサービスが延長される、と。


モノを大事にする時代のいい話でした。


めでたし、めでたし、と。



こんなカンジかな(なんのこっちゃ)。


  ストップ!


 わかってます、わかってます、お前はたかが、


PCの引っ越しぐらいで何をわけのわからんことを言ってるんだ、と。



 オッケーです。十分その辺も分かってますって。



分かってますから、今日はいつもに増して


支離滅裂な長文にてアイスミマセン。


 ウインドウズ8.1より初投稿ゆえ許されたし(何で?)。


ではでは。