続々・「まず電車に乗れ!」っていうのは不得意なんだな、あっしは。 | 白帯以前素人による「なんちゃってテコン島」

白帯以前素人による「なんちゃってテコン島」

独習しているテコンドーや子育てその他感じた事等駄弁を色々書きます。

 さて、しばらくテコンドー話から離れてましたが、


 その間何があったというと別に何もないんですけど、身体中が痛くて個人的には参っていたのと、子供たちも風邪から部活の試合やら色々行事が重なって、ろくに本チャン(本当の道場)も私のナンチャッテ(NTF)もやってなかったんですな。


 兎に角、トレーニングを初めて今まで、首、腕、腰、左足の痛みに悩まされてきたけど、先々週の腰の痛み、先週の右足、右臀部、右足大腿部の痛みは特にひどくて、痛みであまり寝れなかったのと、走り事はおろか蹴りも練習もできなかったくらい。


 一瞬、これはヤバいと思った事も何度も。


 しかし、ストレッチに反動はつけていないし、急激な負荷を掛けたトレーニングもしていないから、二三日で収まる筈と信じてやり過ごしていたわけ。


 大体はこれでOKなんだけど、先週はこれが4、5日に延長。

そして、おとといからトレーニング再開したんだけど、走ったらすぐにまた右足の痛みが出て、昨日から歩きにチェンジしたのだけど、今度はまた左足の付け根に痛みが出てくるという……。


 おいおい、俺大丈夫なのか? 状態は継続中。


 アラ50&デブの身体にこんなにもテコンドーの練習が、それも大したことのない練習がキツイとは。


 それでも、蹴りは上手くなってきているし、コツもつかんできている事、また身体が少しずつ柔らかくなってきてるのは実感できてるんですよ。


 だから止める気は全然ないのだけど、ここまで痛みに悩まされると、正直辛すぎますわ!


 という事でどこまでテコンドーの話をしたのか、曖昧ですが、タイトルを眺めつつ……だらだらと…日本ではまだ「謎のテコンドー」の話をしませう。


 まずは、「誤解」を整理しておく。前回でも触れたが、ここではもうちょっと詳しくいきませう。


 まずはテコンドー創設の話から、


 「植民地朝鮮から日本に留学にきた、チェ・ホンヒが松濤館空手を習い、終戦後韓国で創ったもの」。


 ぱっとテコンドーの歴史を調べると上のような文句にすぐにぶち当たる。


 ここから日本で誤解されている情報に「テコンドーは空手の亜流」とか「パクリ」とかがある。


 でもね、空手自身が大正時代に沖縄から入ってきた時には、組手(スパーリング)は体系化されてもなかったし、「なかった」とも言えるんだね。


 組手がなければ格闘技になれず(というか、柔道をモデルとして)、空手家達が本土にて各々組手を創作・開発していった故に、空手は色々は流派に分かれるわけだ。


 となると、大雑把に判断すれば、空手のオリジナル性というのは、組手の形式や技の体系にあるのではなく、「型」にあるという事になる。ちなみに、空手では「形」の字を使っているみたい。でも、テコンドーでは「型」なので本ブログでは

「型」で統一しますねん。


では、テコンドーの型に空手の型がどれだけ影響しているのかと言えば、

ITFテコンドーでは、まず見かけは、ほとんど「別もの」で、重箱の隅をつつくみたいに見れば、そりゃ同じ手足を使う武道なので、「あれこれが同じ」という指摘も可能だろうが、それはあまり意味をなさないと思う。


 そんでね、型の話とは違うけど、何と、空手の後ろ回し蹴り(パンデトリルチャギ)はテコンドーからの入ってきたんよ、という話もあるし。


 兎に角、乱暴に例えるなら、「うどん」と「そば」と「ラーメン」はやっぱり「別もの」と考えるのが自然だろうし、「サンドイッチ」が「ハンバーガー」に対して、


 「オマエはオレのパクリだろ」と高飛車に登場して、半べそかいている「チーズバーガー」に向かって、「オマエは明日からチーズサンドに名前を変えんかい!」と恫喝したって、


 明日から、マックで「チーズバーガー」が「チーズサンド」になるわけもない、と、私は思うんだな。


 それでも、近頃の若いもの、特に「韓国大嫌いボーイズ」なんかは、松濤館空手が源流なんだから、あくまでテコンドーは「パクリだっ! パクリばっかなんだよ、あの国は」と憎々しげ&大声で言われそうだ。


 ま、そこまで言われる方々には、こちらとしても「フィンガー5はジャクソン5のパクリだろ(古くて失礼)」という言葉を飲み込み、じゃ、「トヨタってもしかフォードのパクリ?」なんて言葉も飲み込みつつ、まさか「コシヒカリも中国・朝鮮米のパクリ? 弥生時代までさかのぼるけど」てなんて事も胸に秘めつつ、


 笑顔で、ボーイズに向かって、「そうだね~」と言うしかない。


  ま、余計な話はいいとして、戦後建国された韓国において軍隊の幹部職にいたチェ・ホンヒ総裁は空手と差別化を図った格闘技=テコンドーの創設に着手するわけ。


 チェ・ホンヒ総裁がテコンドーを空手と差別化して体系化していった理由は、生前の言動なんかを調べられる範囲で見聞きすると、


「植民地化された祖国」に対する愛国、愛民族的な意味合いが強かったという気がする。


 戦後黎明期の韓国では、チェ総裁以外にも空手を収めた師範達がいて、彼らが開く道場が単に「空手」でもよかった筈なのだが、そういうわけにいかなったわけだ。


 「空手家が空手をせずにテコンドーをする」、今風の言葉を使えば、これも「反日」なのだろうか。だが、私はそういう括りで韓国を見る事は元々反対な立場を取る人間で、テコンドーの件もそういう見方は適さないと思っている。


 植民地前の朝鮮半島にあった国は朝鮮王朝。今日では、韓流ドラマの影響で日本人にも朝鮮王朝の姿が割と想像つくのではないか。ドラマゆえにその正否は別として。


 その朝鮮王朝は、文人が支配する国で、武士の支配した江戸時代とは、政治の空気がマ逆であった。


 朝鮮王朝は徹底して「武」を軽侮して、その結果が日本の植民地であったとも言えるかもしれない。


 そんな熱い「朝鮮王朝スピリット」をまだ色濃く残していただろうと思われチェ総裁が、日本の空手に接した時、


『 こりゃ、アグレッシブ過ぎて我々の「哲学」には合わんね、

「突撃!」ってのは、半島的じゃねーべ、なんつっても、ウリナラ(我が国)は他の国を責める事なんつーのは、ありえないんだから、


 「守る」事を前提にした、つまり、「撃っては引き、引いては撃って」、まるで風になびく柳のように、しなやかに相手の攻撃をかわし、ここぞという時には、一撃必殺でいかんと 』


 と思ったとしても、そこは理解もできる、ナンチャッテ。


 ナンチャッテというのは、私も実際ITFテコンドーの型、組手の動きと松濤館空手や他の流派の空手の動きをよく見比べてわかったんよ。


 今は動画サイトがあるから、いやはやその辺は随分と便利になりました。


 ま、そんな感じで、「ザ・テコンドー」の話はまだまだ続きますねん。


 勿論個人的にはWTFの話まで持ってイキテえんですが、日本でWTFの文献がほとんど手に入らねえでゲス。


 そんなこんなで色々ハードルも高いですが、まだまだ本稿続きます。


最後に今日の一枚。


白帯以前素人による「なんちゃってテコン島」


では、では。