1987年プロレス界激動の年。長州が全日マットから新日マットへ強引に移籍。新日が活気を取り戻す。しかし長州は契約上テレビ朝日の放送に映れずにいた。

 

 それが遂にこの日1987年(昭和62年)10月5日にTV復帰が可能になった。全国のプロレスファン注目のTV復帰第一戦の相手はファン投票で決められた。結果は1位が藤波辰巳、2位が前田日明。3位以下は詳しくは忘れたが、猪木とか入ってたんだろう。対戦相手の決め方はレフェリーのミスター高橋のコイントス。今考えればおいおいって感じだが、結果は藤波。

 

 予想通り藤波。表が出たら藤波、裏が出たら前田だったんですかね、表向きは。どっちが出たかミスター高橋しか確認してないのが、そもそもおかしいし、ファンにもわかるようにして欲しかった。新日はここでいきなり長州vs前田を実現させる気はなく、どっちにしろ藤波だったんだろう。

 

 「藤波!」と高橋が藤波を指さした瞬間、長州がいきなりラリアット!その時会場の後楽園ホールは「あ~」とため息交じりの空気になってたような気がする。そりゃそうだろう、ほとんどの観客が長州vs前田を期待してただろうから。

 

 マットを叩き、リング外に出る前田。これだったら最初から長州vs藤波でよかったんだよな。結局この日前田の試合はなかったし。妙な演出はいらなかった。

 

 試合は生放送には最後まで入らなかったのかな?両者フェンスアウトから延長になって、結局無効試合だったような。この試合は前日行われた猪木vsマサ斎藤の巌流島決戦との世代闘争でもあった。まあ巌流島決戦の方がインパクトあったよね。

 

 ここで長州vs前田戦が実現していれば、後の顔面蹴撃事件も起きなかった?と40年位経った今でもふと思う。

 

 アントニオ猪木vsマサ斎藤

 

 巌流島の戦い」いと言えば宮本武蔵と佐々木小次郎を思い出すが、プロレス界の「巌流島の戦い」と言えば1987年(昭和62年)10月4日に行われたアントニオ猪木vsマサ斎藤戦を思い出す。

 

 なぜ巌流島で戦ったのか、詳しくはわからないが、この年猪木vsマサは既に3回はやっていて、場所を変えて新鮮さを求めたと言うより話題作りに必死だったのでしょう。

 

 ノールールで時間無制限、しかも無観客。ノールールなら馬乗り顔面パンチ等で直ぐに決着が付きそうだが、そこはプロレス。そうはならず裸絞めで2時間5分14秒で猪木のTKO勝ち。いくらなんでも長過ぎるだろって感じだが、二人共よく闘った。お互いに信頼しきってる相手だから出来た試合だったろう。

 

 

 9月30日に王座戦五番勝負第3局藤井王座vs伊藤叡王が行われました。1勝1敗で迎えた天王山の一戦は伊藤叡王が制し、2勝1敗としました。

 

 終盤まで互角の展開が続きましたが、伊藤叡王が有利になってから、そのまま押し切りました。

 

 藤井王座から唯一タイトル戦に勝ってる伊藤叡王。あと1勝でタイトル奪取。藤井王座、踏ん張るか。この後も何度もぶつかるであろう、同年代のライバル対決。藤井一強時代から藤井・伊藤二強時代になるか。注目の第4局は、10月7日に神奈川県秦野市で行われる予定です。