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【人】出版プロデューサーは偽者が多い

出版プロデューサー。


よくネットで散見される言葉。アメブロでもたくさんいらっしゃいますね。しかし、その実態はほとんどがニセモノだ。


出版実現をアシストすれば「プロデューサー」といえるのか。そんな馬鹿な。この人たちの思想は腐っている。


神聖な出版文化を著者のビジネス上のPRツールと位置づけている点だ。


著者が一方的にそう思うのはわからないではないが、そもそも著者のお金儲けをサポートするために、出版社は300万円を初期投資して商業出版するわけではない。


実用書やビジネス書を専門にやっているというが、そういう思想(著者のお金儲けをサポート)を持つ限り、出版プロデューサーなどちゃんちゃらおかしいというもの。


むしろ、著者が著書をビジネス上のPRツールと位置づけるような考え方をもっておればそれを否定してあげなければならない立場なのに。


出版プロデューサーを名乗っているほとんど人たちの仕事はたんに出版編集部との使い走りだけの役割だ。第一、自ら企画書すら書けないではないか。


おまけに「私に逢いたければお金をだして逢いに来いだと」。この言葉は一生忘れられない、私に対する非礼な暴言だ。あなた、自分を何様だと思っているんだ。


あなたがプロデュースしたという著者や知人たちをみるとなぜか共通するところがあって、皆さん「お金の匂いのぷんぷんする人たち」ばかり。類は類を呼ぶ、同類項ってやつだ。心ある人々はあなたたちのコミュョニティには入っていかない。私もその一人だ。


出版社との人脈がノウハウ? 笑わせるな。あなたたちのやっていることはブローカーと変わらない。ご本人は詐欺でないと言い張っているが、私はそうは思わない。


もともと私自身は出版社をマスコミとは思っていない。一般的にはマスコミというカテゴリーに入っているのだろうが、版元に「報道」という精神はこれっぽちもない。


そりゃ、売ることは大事なことだろう。売れてナンボ。それは痛いほどわかるが、実用書やビジネス書に多い「月商○○万円にする法」「私はこうして○億円稼いだ」などの書名タイトルにはどうしてもなじめない。はっきりいってウソが多すぎるのだ。


新聞マスコミはまちがってもこういうタイトルにはしない。ここに新聞社と出版社との大きな違いがある。文章もデタラメだ。編集者はいったい何をしているんだといいたくなる。


しかし、出版したい著者予備軍と著者を探して書籍を売り出したい出版社とをつなぐ仕事は存在していいのかもしれない。


ただ出版プロデューサーを名乗るのなら自身の著書があり実績を示すこと、出版企画を確実に通す企画力と企画書作成力をもっていること、これらは不可欠のスキルだ。


私がこの人たちを嫌う理由はその報酬システムにもある。出版が実現できたら著者が受け取る印税の○○%を出版コーディネート料として支払うシステムのことだ。


サポートした出版コーディネート料としてお金を支払うのはわかるが、それなら出版社や部数や売れ行き状況によって金額が違うのではなく一律にすべきだ。


だいたい本来著者が受け取るべき印税という懐(ふところ)に手を入れるなよ。気持ち悪いビジネスとは思わないか。増刷など売れたりするのは出版プロデューサーの力量ではない。出版社がさまざまな努力をしたからだ。


こういう点からしてあやしいビジネスといわざるを得ない。我こそは正しい出版プロデューサーというのだったらその受け取るべき報酬を印刷部数や販売部数とは関係なく、一律料金にすべきと思う。


出版実現できた段階で一律料金を支払う、それでいいじゃないか。なぜ増刷に入ってからも料金を支払い続けなければならないんだ。よく考えてみよ。しょせん先人が開発した出版コーディネートビジネスモデルをそのまま踏襲しているだけではないのか。


自分で言うのも何だが、私がやっているランチコンサルという仕事をみよ。報酬は受け取らず、3000円のメシだけ食わしてくれればいいよ、という誰が見ても異超常なボランティア料金なのだ。


たった2つのPR回答を導き出すのに最低でも1週間はかかる。こんなばかばかしいサービスをやっている人間は日本中で私だけ。自信があるからできる技だ。


どうだ、本物の人間とはこれほど差があるんだ。出版プロデューサーなどという得体のしれないあやしいビジネスとは天と地との差というもんだ。


本をなんとか出したいという人の弱みにつけ込んで足元をみて「私に逢いたければお金を出して私の講演会に来たまえ」とはよくいえたもんだ。その貧困なる精神は永遠に語り継がれるだろう。金の亡者同調者たちによる第一級の詐欺師だと。