【思想】独創性こそPR広報の神髄
独創性こそPR広報の神髄
■移民統一から生まれたPR(1/2)
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コラムタイトルの「よのなかメガネ」は物事を思考するとき、自分や自社のことだけを考えないで、「よのなか全体」からみる発想習慣のことです。よのなか=社会=ソーシャル=俯瞰(ふかん)と置き換えてもOK。
「よのなかメガネ」というフィルター(視点)から発想すると、素敵なPRアイデイアが湧き出てきます。私の一貫したスタンスは「あらゆるビジネスの根本は発想・アイデイアにある。発想の技術を極めてこそ一流の広報マン」。皆様のPR企画の立案、発想の事例としてお役立ていただければさいわいです。
78回目のきょうは、私の「PR広報のつくり方」であります。私の根本思想を形成するベクトルや基礎マインドといったほうがいいのかもしれません。どんな師匠の何を拠り所にして習得していったかといったこととも深く関係あります。習得方法は独学でもいいと思うのですが、どこかでPRの発祥といいますか、歴史を学ぶ必要があります。PRという技法は誰が発明したのというヒストリー。
ご存じのとおり、PRすなわちパブリックリレーションは米国が国家発展の過程において、やむを得ず誕生した手法だったと思われます。アメリカ大陸は1492年、探検家クリストファー・コロンブスによってはじめて発見されたとの説が有力ですがアメリカには原住民のインディアンやノルマン人、ポリネシア人などコロンブス以前にアメリカに住みついていたとする説も数多くあります。
そんなアメリカ発見の真偽はともなく、はっきりしていることは多国籍の移民から成り立った国ということです。今でも黒人、白人に二分されるような社会ですが、ここにPR広報が誕生した経緯、本質がある。
50州で3億人もの人口をかかえる米国にとって、これら多国籍の移民をひとつの国として統一させるのは至難の技。移民の文化や言語が違うからだ。PRがパブリックと邦訳されるのはこの異なる移民達を公衆と呼び公平に扱って民族統一を図ることから名づけられたもの。いわば国家建設における政治統治のから生まれたコミュニケーション手法といっていい。
だからパブリックリレーションズ(Public Relations)を定義するとき、20世紀初頭からアメリカで発展した、組織とその組織を取り巻く人間(個人・集団・社会)との望ましい関係をつくり出すための考え方および行動のあり方、と規定するのが一般的だ。
日本には第2次世界大戦後の1940年代後半、米国から導入され、行政では「広報」と訳されたのに対し、民間企業では「PR(ピーアール)」という略語が使われてきた。
米国発のPRパブリックリレーションでもっとも大事な骨格をなすものは「社会」「市民・国民」とどう向き合うのかの部分だ。それはパブリックという概念が政治を司る国家の側からの視点だったからです。つまり独立国家(米国)が多民族・移民からなる国民をどうやって統治するかというコミュニケーション手法だったわけです。わかりやすい言葉でいえば世論操作術ですね。
国家の側から生まれたパブリックリレーションは国内外を問わず戦争という場面も多く用いられました。敵国の情報分析にはこのパブリック戦略が奏功しました。その変遷を端的に表すと、①民族統一(選挙)②戦争ツール③国家戦略④民間のマーケティング導入⑤日本にも導入-といった流れになります。
民間は企業間競争がありますので、それを戦争理論で多大な成果をあげたパブリックリレーションという手法と重ね合わせ、導入されたというのがそもそもの経緯です。
米国からはじめてパブリックリレーションが導入されたとき、米国がとった政策が各県の行政機関内に記者クラブを置くというものでした。米国は自分たちの占領政策を日本国民に効果的に知らせるため、中央政府のみならず、地方の県庁にも記者クラブを置くように命じたのです。記者クラブの是非が問われる今日、そもそもは米国の植民地日本の行政介入の一環だったのです。
■創作型広報の生命線はアイデア(2/2)
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パブリックリレーションが誕生の地・米国から日本にやってきた経緯がおわかりいただけたところで、その後、わが国では民間が主体となって運用されてきたのはご承知の通りです。
PRパブリックリレーションというコミュニケーション技法が日本に伝えられてから75年もたつのですが、その作り方(PR企画立案の方法)を革新的にとらえている広報マンを知りません。
先輩や会社の資産からスキルを教えられることが多いので、その手法を私は「
伝統的」「古典型」「先達スキル踏襲型」「ルーチン型」と位置付けています。
これは時間とともに訓練を積めば誰でも習得できるようになります。先輩や上
司の言われた通りやればそこそこの広報の仕事はできるようになります。広報
のマニュアルに該当するものはそれぞれの会社ごとに違っていて、書類になっ
たりフアイルに保存してあるのが通常で、後輩や新人はそれをみながら体験的
に広報業務を修得することになります。
これらの基本的作業は忠実に実行すれば1~2年もあれば一人前になれるでしょう。でもそこからが真の広報パースンになれるかどうかの分岐点だ。前述のような「伝統型」「古典型」を踏襲していく手法をとる限り、私は進歩はないと思います。旧来型広報手法は誰でもできる「ルーチン型」に他ならないからであります。
では旧来型ではない広報手法とはどんなものか。それはひとこどいうと企画そのものに独自アイデアが含まれている「アイデア志向型」「創作型」です。
歌舞伎は伝統芸といわれていますが、そのままをありのままに受け継いだだけではつまらないでしょう。現代にマッチした新しい歌舞伎を創らなくちゃ。そんな現代歌舞伎・近代歌舞伎に挑戦した役者や俳優もたくさんいましたね。
PR広報も同じと思います。会社が決めたことをがむしゃらに実行していくだ
けでは伝統型になってしまい、斬新さはない。世間、一般的にはPR広報は保
守、つまり会社が決めたことをひたすら守っていく、女房のような役割と理解
されているようですが、真のPR広報はつねに攻撃的で会社全体を引っ張って
いくような戦略志向でなければならない。その中心的思想を支えるのがアイデ
イアなんだと思います。アイデアなくしてPR広報なしというわけです。
旧来のPR広報---------伝統型、古典型、先達スキル踏襲型、ルーチン型
私のPR広報-----------アイデア志向型、創作型、新作型、時代即応型
落語も「古典」と「創作」に大別されますが、私のPR広報は「創作」型であり、旧来型の「古典」型とはまったく違います。
言っておきますが、PR広報は広告とはまったく違います。日本で一番、広告
を嫌っている人といえば間違いなく私です。広告屋には知恵がない。ただ媒体
を買うだけ。買い物代行屋なのだ。買うためにはお金さえあればよい。つまり
広告屋ほど「考える」ことをしない人種なのです。コピーライターやデザイナ
ーなとのクリエーターは別です。私がいうのは広告で営業をしている人を指し
ます。PRと広告の違い⇒http://ameblo.jp/pridea/entry-11456601884.html
私が提唱する「創作型広報」の集大成として、書籍用原稿にまとめたが、なぜ
か出版に至っていない。舞台が飲食業界だったのがいけなかったのか。私は
証すべく署名サイト「飲食業界の皆様に信を問う」http://hasukahon.tokyo/
を立ち上げた。中段あたりにアンケートがありますのでどうぞ一票を投じて。
