【思想】企業情報を社会情報に変える技術
企業情報を社会情報に変える技術が今、広報パースンに求められている。
■広報力の改革は「発想力の強化」(1/2)
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コラムタイトルの「よのなかメガネ」は物事を思考するとき、自分や自社のこ とだけを考えないで、「よのなか全体」からみる発想習慣のことです。よのな か=社会=ソーシャル=俯瞰(ふかん)と置き換えてもOK。「よのなかメガネ」というフィルター(視点)から発想すると、素敵なPRアイデイアが湧き 出てきます。
61回目のきょうは僭越ながら私の自論にお付き合い願いたいと思います。私 がPR広報の道に目覚めて以来、50年近くになりますが、半世紀たった今でもPR広報の機能を「宣伝」「販促」「集客」などと誤解をしている人たちをたくさんみかけます。これ、根本的に間違った解釈であり、思想であります。
ネット広報の使い方はいいとしても、販促広報という言葉使いはいただけませ ん。こういう人たちがいるから私たちは立ち上がり、お灸をすえるのです。売ることの支援活動や販促行為はそれなりの歴史と思想があり、立派なカテゴリーではあるのですが、それをPR広報と一緒にされて欲しくないのです。
端的にいうならば販促という行為は「量」にそのゴールがあり、PR広報の場合は「質」にあります。「量」とは売上金額の増大であったり、集客などの人数拡大の「数量的な拡大・増大」を指します。
一方、「質」とは会社や商品・ 経営者などがもたらす社会に与える評判・信用・信頼など目に見えない「質」 の拡大・新党のことであります。この量と質はどちらも大事で、いわばクルマの両輪的存在。
両輪ですからどち らかが欠けてもクルマは前方に走れません。しかし、企業内において予算の配 分という点でいえば雲泥の開きがあります。すなわち利益を生み出す営業部門 はその予算が潤沢に与えられ、それに比べ広報部門は微々たる金額。権限も営業の方が強大です。
ですから、営業部門の長になり成果をあげた者から順に役員に昇格していくの が日本的経営の実態といえます。予算も権限もない弱小部門の「広報」は発言 権もなく社内では片隅に追いやられています。
私たちからすれば目にはみえないけれど、少しずつではあるが、「信用の積み 重ね」こそが、明日の企業体質を強固なものに形造ると主張したいのですが、 現実の流れはそうもいかず、どうしても目に見える「数値」「結果」「成果」 をあげた人物のみが評価されるといった具合です。
広報部門も努力を怠っているから悪い、先輩、上司から受け継いだままの旧態 依然のやり方しか実行していないからだ。これでは広報としての成果など風前 の灯状態になりかねない。
人事だって、活きのいい人材はよこさず、昔、学生 時代に文芸サークルにいたという理由だけで広報部門に配属されるようなネクラな人たちばかり。 私は広報が会社の全権を握るべきだと思う。広報が人事をも動かしてしまうほ どの社内における地位と予算の配分。
そうなるためには広報がはなぱなしい成果をあげる必要があります。なぜ広報は成果が出にくいのか。それはアイデア 創出に乏しいからです。旧来の価値観を変える発想力をどの部門よりも早く打ち出していく必要がある。広報力の改革は「発想力の強化」といっていい。
■企業情報を社会情報にする技術(2/2)
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広報部門はややもすると会社寄りの保守的な機能になりがち。それではいけな いんだ。もっと攻めの攻撃的な機能にしなくちゃいけない。
例えば、マスコミ からみてネタに困ったとき、あそこにいけばおもしろい記事がかけるかもしれ ないといった期待をもたせる、そんな企業広報にしなければいけない。
それは広報マン自体のキャラクターという問題もあるが、そうではなく、いつも提供される情報そのものが「新しくおもしろい」ものでなければならない。
多くの場合、企業情報、企業広報は、自社だけに限定したものになっている。 ここが問題なんだ。もっと広く社会全体に目を向けられないか。社会あっての 自分の会社なんだという視点。
そう、まずは社会から語ろう。そののち、自社の順にね。こうした視点や発想が大切なんだ。社会から見た、自分の会社の位置、自社の商品サービスのかか わりを情熱的に語るべきなんだ。
自分や自社のだけを語っては情報の価値が半減するというもの。 私はこうした社会からの視点を取り入れた発想を「ソーシャル発想」と名付けて提唱してきた。
なんでもない企業情報でも社会からの視点を注入するとたちまち価値ある情報に変身するのだ。他の言葉に置き換えてみると、企業情報を 社会情報に変換せよ、ということです。
この社会情報化こそ広報パースンの技術であり、言い換えると発想の技術ということができます。
それは単に切り口を変えるということもありますが、それだけにとどまらず、根本的にコンテンツを変えてしまうことにもなるのです。だから商品やサービスの企画設計にしてもこの「社会との接点」という思想を十分に取り入れてるのが求められるわけです。
この企業情報→社会情報化への技術という課題に対し、広報関係の知識人たち は誰も回答してくれていないという現実があります。そこにもどかしさを感じ 私なりに解決したのが「言葉遊び」という手法であります。
言葉遊びといっていろいろなテクニックがあります。
ぎなた読み/ことわざパロディー/しりとり/たほいや/つみあげうた/倒語/どち らにしようかな/なぞかけ/もじり句/アナグラム/アンビグラム/ダズンズ/ハナ モゲラ/パングラム/マジカルバナナ/回文/たいこめ/空耳/見立て/語呂合わせ/ 山号寺号/折句/あいうえお作文/縦読み/早口言葉/駄洒落/地口/入れ詞/無理問 答/ルー語/ピッグ・ラテン/チャック・ノリス・ファクトなど・・・。
いささかオーバーな言い方をすれば、私が日本で初めてPR広報の世界に「言 葉遊び」を取り入れた人ということになります。(うーん、それがどうしたかってか)
そんなハスカ式「ソーシャル発想」をわかりやすくいうと-。
①考案・発表される企業情報を「社会情報化」すること
②社会情報化に貢献するのは「発想の転換」である
③「発想の転換」とは「言葉遊び」にすること
④「言葉遊び」は「今という時代に敏感」になること
⑤そして「言葉遊び」こそが次世代への「文化の継承」になる
というものです。
私はいま、自ら提唱する「ソーシャル発想」を広めようと、書籍の執筆に余念 がありません。モチーフは飲食店にしましたが、飲食関係者だけでなく、どな たが読んでも役立つように書くつもりです。
書籍のタイトル案は「飲食店の記念日メニュー集客術(春夏編)」(仮称)という もであります。とはいっても出版社から正式にオファーがあっわけではなく、 私が一方的に書き綴っているものなんですが、果たして世に出るかどうか。