【本】私の人生を変えた広報本
私には自分の人生を変えた広報本があります。きょうはそれを書きます。
■PRを語れる著者は「電通本」(1/2)
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書籍「PRを考える」(小倉重男著、電通)は私がこの道(PR広報)に入るきっかけを与えてくれたとても大切な本。私はこの本で人生が変わりました。 ▽http://tinyurl.com/8p68zy3
1976年初版ですから34年前の本。私が事業を起した時期と符合します。今は絶版になっており入手できませんが、ネット検索しますとアマゾンの中古で380円から781円まで8点あるようです。
インターネットの到来を予測していない時代でしたのでそれから比べれば隔世の感がありますが、今と昔を同じ土俵で比較して論じる自体ナンセンスという意見も出てくるでしょう。
しかし、だからといって、日本にはじめてPRという概念が米国から導入されたとき、その訳語をどうするかから始まってその運用方法など、当時の日本政府や外交官、民間人たちはこの得体の知れない「米国発のPR」という魔物に熱い論議を戦わせていたことを知るべきです。
日本にPRが誕生した瞬間、原点。その歴史・経緯を知らずして、今のPR状況は語れないと思っています。
PRは戦略そのものなはずなのに、なぜか戦略PRという冠がつく意味不明の言葉が横行するのは私には腑に落ちません。また、われわれと同業(PR会社の意)の人と話をしていても「社会」「公共」という言葉はどこからも聞こえてきません。社会学者のようにいつも「社会」と対峙しながら発想していたのがPRパースンではなかったのか。
これで本当にPR広報のことをわかっているのだろうかと疑いたくなってきます。確かに時代は未曾有の大不況。この厳しい時期に「売らんかな精神」でPR活動に臨まなければならない台所の事情も少しはわかっているつもりです。私自身、当事者ですから。
ですが、あまりにも「広報の王道」とかけ離れたことがネットや書籍などで今は叫ばれています。そのキーワードは「戦略PR」であり、「販促PR」という言葉に代表されるように、限りなく売りに直結したマーケティング思想。
売りというもっとも難しい作業をパブリシティを中心とするPRが簡単に代行できるわけがありません。なぜこんなにも難しい課題にチャレンジするのでしょうか。そのあつかましさには閉口します。そもそも売りの完結には時間と信用が必要というもの。その信用獲得のために最短距離を走っているフロントランナーがPR広報職の諸君だ。
満を持して走っているのだけれど途中で何が起きるかわからないのが現実であり未来だ。決してあせってはいけない。まあ、SPキャンペーンの中にPRを導入する高級なテクはあるのだけれど、そんな難易度の高い技をもった人材など日本に数えるぐらいしかいない。難度FかGに相当するからだ。
ここは順当に、PR広報は信用獲得という「質」の道を、宣伝販促は数量や金額の拡大という「量」の道を、それぞれ別々ではあるけれど車体は1本でつながっている車の両輪のように一体となって目標に進むべきだと思います。
つまり、質(広報の仕事)の役割を量(宣伝の仕事)に兼ね備えさせないといいましょうか。宣伝は販促であって、広報はどこまでいっても広報ということをちゃんと棲み分けして業務にあたらせるべきですね、経営者は。
■田中式PR説明に感動(2/2)
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書籍「PRを考える」によれば、PR──パブリック・リレーションズとは、 《共通の社会関心事》について《自由に語り合い、聞き合う人びと》のあいだの《関係》づくりである、 とあります。
そのためのコミュニケーションがPRのコミュニケーションである。当然、《自由に語り合い、聞き合う》ことからもそのコミュニケーションはツー・ウェーでなければならない。
さらに考えていくと、《自由に語り合い、聞き合う》とは、それは言論の自由の基本の姿にほかならない。PRはまさに言論の自由を血液としているのであり、言論の自由なしにはなりたたない人間関係であるといえるのである。
また、米国で最初にパブリック・リレーションズと言う言葉を発明したのは第3代大統領のトーマス・ジェファーソンといわれる。
彼は、大統領として議会に提出する教書の草稿をしたためていた時、「公衆の感情」と「思考状態」という語句を消して、「パブリック・リレーションズ」に改めたという。
ジェファーソンが理想として描いていたパブリック(公衆)が、「公共精神」に溢れており、自生的に世論(パブリックオピニオン)を生み出す人びとになっていったと考えられます。そのような公衆の存在こそ、まさに民主主義の基盤であった。
独立宣言の名文句「人民の、人民による、人民のための政治」における人民とは、各地の共同社会の「公衆(パブリック)」が寄り集まったアメリカという国家の「公衆」であった。いうまでもなくこの起草者はジェファーソン。
日本ではじめてこの米国発のPRという概念を正確に紹介したのは当時の電通の外国部長の田中寛次郎氏といわれる。
田中氏は1949年7月、電通主催の夏期講習会で「PRについて」と題する講座で発表した。田中氏はこのときすでに、アメリカ第二次大戦から平和時代の転換期に新しい経営哲学として提出された「経営者革命」とPRの結びつきに注目し、この観点から「現在一番徹底したPR理論」として次のような紹介をしたという。
詳細は以下に記しますが、私はこれらの言葉にいたく感動し、一生の仕事を広報にしようと決めた瞬間でした。
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「すべての企業体は、一般社会の認容がなければ存在し得ない。すなわち一般社会がその企業が存在することが望ましいと考えるとき、その企業ははじめて存在し得る。企業が社会の認容を得るためには、社会の利益福祉の線に沿って経営しなければならない。これが根本の問題である」
「しかしそのように経営されていることは、企業体自身が社会一般に知らせなければわからない。そこで第2の問題として、『知らせる』という仕事が必要である。根本の問題と第2の問題が実行されてはじめてその企業体は社会の認容を得、存在が可能になる」
「この全過程をPRというのである。PRの理論と発展は幾段階かを経ている。PRは経営の機能の一つであるという言い方、PRは経営の政策の問題であるという言い方を経て、PRは経営の哲学であるという最終段階に到達したと思う。それは前にいった第2の問題、知らせるという仕事の重要性を認めたことから出発して、ついに根本の問題、すなわち経営の本体にまで論じ及んだものである」
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かいつまんでわかりやすく説明すると、PRとは、
[1]利益福祉で経営して社会の認容を得る(根本の問題)
[2]社会一般に知らせなければわからない(第2問題)
[3]政策の機能であり、経営哲学でもある(最終段階)
このようにどのフェーズをみても「社会」という言葉が出てきます。そうなんです、PRは「社会学」なのです。(企業もしくは個人が)社会とどうのようにつきあっていくかということを解決する社会術なのであります。
私はPRの仕事で悩んだ時、いつもこの本を読み返します。私のバイブル。
皆さんの会社がプロのPR会社と付き合っておられるとしたら、その担当者の発言に注目してください。「社会」という言葉が何回出てくるか。1回も出てこないようなら取引をやめたほうがいいです。プロの資質がないのですから。
第1章 PRと公衆の歴史
・パブリック=公衆の起源
・PRの日本の導入
・近代PRの成立
・PRの背景
第2章 PRの再検討
・現代のパブリック=公衆市民
・組織体とPR
・PRの機能
第3章 マスコミとPR
・言論の自由の意義
・報道とPR
・PRと広告
第4章 市民社会とPR活動
・PRと人間
・社会的責任と経営者
・海外PR活動
・巨大性批判とPR
・安全、公害問題とPR
・排気ガスをめぐるPR攻防戦
・アメリカのPRマンの反省
