【人】障害者を積極雇用する
私の今年のメルマガタイトルは「よのなかメガネ発想術」。きょうはその第14回目(月に2回出稿)を書きました。 同じものをブログにも転載することにします。
蓮香尚文の「よのなかメガネ発想術」[2012/07/9配信]
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3921
◎今回のタイトルは「障害者を積極雇用」
■戦略というよりも使命感(1/2)
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コラムタイトルの「よのなかメガネ」は物事を思考するとき、自分や自社のことだけを考えないで、「よのなか全体」からみる発想習慣のことです。よのなか=社会=ソーシャル=俯瞰(ふかん)と置き換えてもOK。「よのなかメガネ」というフィルター(視点)から発想すると、素敵なPRアイデイアが湧き出てきます。
14回目のきょうは、学校の定番品、チョークの製造元「日本理化学工業株式会社」 ( 神奈川県川崎市高津区久地2丁目15番10号、大山隆久社長、電話044-811-4121、http://www.rikagaku.co.jp/
)という会社の話題。
粉の出にくいチョークとして国内シェア30%強をもち、会長が著者の「働く幸せ 仕事でいちばん大切なこと(WAVE出版)」 「利他のすすめ チョーク工場で学んだ幸せに生きる18の知恵(同)」 や、同社を紹介した本「日本でいちばん大切にしたい会社(あさ出版)」 などはベストセラーとして知られます。
特筆すべきは同社従業員の73%が知的障害者という点。今回は中小企業の障害者雇用という問題にフォーカスにしてみました。現在の社長は大山隆久さんで現会長泰弘氏の長男。
▽全従業員数 73名 うち知的障がい者の社員 54名
▽業務 内容 チョーク製造、黒板拭き製造組立、ラインパウダー製造、
キットパス製造、プラスチック成形など
会長大山泰弘氏 会長大山隆久氏
現会長の父が興した日本理化学工業を74年に継いで社長となり、2008年までつとめあげ、同年から長男隆久氏に社長業をバトンタッチ。
会社創立は昭和12年。知的障がい者の雇用は昭和35年、2人を雇用したのが最初だった。このような障がい者多数雇用を目指したのは、3つの出来事が重なったからだといいます。
一つは、1959年に、知的障害者の通う養護学校の先生が卒業予定者の就職
依頼に同社を飛び込み訪問、その時の面会者は現会長の泰弘氏で当時は専務。
先生は尋ねた会社には皆断られましたと悲壮な顔をされていましたけれども、私の方も門前払いのような物言いで同様にお断りしましたと泰弘会長。
しかし、先生はその後同社を2回ほど訪ね、粘り強く就職を懇願し続けてきました。最後は「就職できないこの子らは15歳で親元を離れ、卒業したら地方の施設に入ります。そうしたら働くことを知らずに一生を終えます。もう就職はお願いしませんから働く経験だけさせてもらえませんか」と食い下がった。
不びんに思った泰弘氏は2週間の約束で実習を受け入れました。やってきた2人の少女は2週間、一心不乱にラベル貼りの作業をしてくれました。昼休みのチャイムにも気づかなかいくらい一生懸命に。
「障害者だからチャイムがわからないって見方もあるでしょう。でも、ウチの社員たちは彼女たちの姿に打たれて、実習の最終日に「是非、あの子達を正社員に採用して欲しい。彼らにできないことがあれば自分たちがカバーするから」と直訴してきたのです。
この10数人の従業員の「直訴」に専務の心は完全に奪われました。社員達がそこまでいうのならとその女性2人を採用に。しかし、その時の気持ちは社員も専務も「かわいそうだから」という同情心から受け入れたのでした。
従業員の「雇用直訴」以来、2人は、始業時間の1時間前の毎朝7時には出社し、慣れない作業に一生懸命取り組んでいきました。
■働くから「4つの幸せ」が(2/2)
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障害者雇用したものの当初は苦労の連続だったといいます。従来のやり方をさせるのではなく、一人ひとりの理解力に合わせて段取り(機械、道具、工程)を変えながら、仕事の効率化と品質アップに挑戦していきました。
その結果、その人は自分に出来る仕事で安心して取り組み、能力を最大限に発揮し、健常者に劣らない仕事ができるようになりました。創意工夫によって知的障害者が立派に戦力化していきました。
2つめは、2人を採用してから間もなく、すでに引退されましたカバ園長で有名だった西山さんが、まだ上野動物園に勤めておられた頃、テレビを通してこんなことをいわれたのを聞いたのです。
「最近の上野動物園の動物は自分の産んだ子も育てようとしなくて困っているのです。やはりお腹を空かした子どもの泣き声に必死になって餌を探し求め、荒野を駆けめぐる生活になっていないと、子どもを育てる本能までもなくなってしまうのです」と。
保護だけでは動物も駄目になってしまうことを教えられたのです。障害者も積極的に採用してあげるべきなんだと自分の会社のことをダブらせていました。
3つめは心に響いたのは禅のお坊さんの言葉でした。
法事があり、隣に座った禅僧に泰弘会長が「重度の知的障害は施設で保護されていれば、一生楽に暮らせるのに、仕事でいろいろ注意されても施設に帰りたがらないのを不思議に思って、『なぜかわからないのですが』と尋ねたとき、お坊さんは即座に『当たり前ですよ』といってきました」。
「大山さんはほどほどに物やお金があるでしょう。それで幸せと思っていますか。人間の究極の幸せは4つです。1つ目は『人に愛されること』、2つ目は『人に褒められること』、3つ目は『人の役に立つこと』、4つ目は「人に必要とされること』です。1つ目は『人に愛されること』はともかく、あとの3つは仕事で得られることですよ」。
この言葉から、障害者の働く場がないのなら一人でも多く彼らが幸せが実現できるのは働く場をの提供できるようにしようと決意したのです。それ以降障害者の雇用に 前向きに取り組み、現在、全従業員の7割以上に達するまでに。
「働く」とは人のために動くこと。4つの幸せは同社庭に像に銘記してある。
▽大山泰弘会長の動画「働く幸せ」 http://youtu.be/eQstvEkIHTo
人間の究極の幸せは4つです。
1つ目は、「人に愛されること」
2つ目は、「人に褒められること」
3つ目は、「人の役に立つこと」
4つ目は、「人に必要とされること」
企業は人間みんなが求める人間の究極の幸せを与える場だったんですね。
企業の使命感(ミッション)はどうあるべきかをこのお坊さんに教えていただいたと。
福祉施設で大事に面倒をみてもらうことが幸せなのではではなく、働いて役に立つ会社こそが人間を幸せにするのではないかと。
障害者は、働いて役に立つことに幸せを感じます。企業は、経営していく以上は彼らに役に立ってもらわなくてはいけない。この共通点があるから彼らも成長し、企業も努力して発展します。
しかし今の社会では、職業訓練を福祉施設で行います。知的障害者を20歳から60歳まで福祉施設でケアした場合、1人あたり約2億円の社会保障費がかかるといわれています。
日本理化学は、障害者雇用を続けて50年、平成21年に第7回渋沢栄一賞を受賞しました。それは一般企業で働けない重度の障害者が20歳から60歳まで施設でケアされれば一人約2億円かかるところ5人も勤めあげさせたことは10億円分の社会貢献をしたからですと言われました。
ベルギーには、企業がマニュアルを読めない重度障害者を雇用すると最低賃金額を国が助成してくれる制度があります。日本でいえば、最低賃金は年額にして150万円前後。施設でケアすれば40年で2億円、年額500万円の社会
保障費がかかります。
つまり、雇用を促進して最低賃金額を助成すれば、国は社会保障費を抑えられるのです。障害者は収入を得て自立でき、働くことで「人間の究極の4つの幸
せ」もも味わえますから意欲が湧いて成長します。そういった人財が中小企業
で育ったら企業体質の強化にもつながりますね。
現社長の隆久氏に「障害者雇用」に伴う経営戦略を尋ねたところ、こんな言葉
が返ってきました。
「戦略というよりも使命だと思っております。私たちが成長発展し、安定した経ができれば、周りの企業でも障害者雇用に興味を持っていただいたり、雇用にチャレンジしようとするところが増えてくると信じています。私たちの会社ででき貢献は多くなくとも、その輪が広がっていくことに貢献できれば私たちの役割をたすことになると思っています」と。
障害者採用に条件とか方針はなく、働く意欲がある方であれば誰でもOK。
但し、4つの約束を守る(守ろうとする)方
1. 身の回りのことが自分でできる
2. 簡単でも意思表示ができること(わかる、わからないを伝える)
3. 一生懸命働くこと
4. まわりに迷惑をかけないこと
教師か弁護士になりたかった泰弘会長はひょんなことで人生が変わっていき、
やがて自分は活かされている、自分よりも他人の利益を優先するという考え方「自利利他」(ジリリタ)の境地にすすむようになったという。
著書「利他のすすめ チョーク工場で学んだ幸せに生きる18の知恵」(大山泰弘著、WAVE出版、2011年4月、1470円)がそれ。
企業は何のために、誰のために存在するのかの根本的な問題。これはPR広報の問題ともつながっていきます。
言い換えれば「企業の使命(ミッション)」。経営者の思想をよくあらわしたミッション重視経営が会社・社会を変えた好例でしょう。
社会を変えたいと思うのだったらまず会社を変える。会社を変えるには従業員
の意識を変える。従業員の意識を変えるには消費者のライフスタイルを変える。
所属組織に対する忠誠心ではなく、目的達成に対する忠誠心。ビジネスパース
ンや事業家である前に市民であること。働き方と生き方とが同じ。好きなこと楽しいことと仕事との一致。
これらのことから、「会社や仕事は社会を変えるための道具として使う」という考え方にたどりつきます。これらの考え方を日々の広報活動に反映させる。
[沿革]
1937年 2月 東京都大田区蒲田にて、日本理化学工業株式会社設立
1960年 3月 障害者雇用開始
1967年 9月 北海道美唄市に美唄工場を開設
1975年 9月 神奈川県川崎市高津区に全国初の心身障害者多数雇用モデル
工場第1号の川崎工場を開設
2009年 7月 大山泰弘会長が著作『働く幸せ 仕事でいちばん大切なこと』
(WAVE出版)を上梓。
2009年10月 『ルビコンの決断』(テレビ東京系列)で紹介される。
社 名 日本理化学工業株式会社
住 所 神奈川県川崎市高津区久地2丁目15番10号 〒213-0032
代 表 者 代表取締役 大山 隆久
会社 設立 昭和12年2月13日
資 本 金 2000万円
事業 内容 ダストレス事業部----文具、事務用品製造販売
ジョイント 事業部----プラスチック成形加工
[事業所]
本社工場・営業事務所 神奈川県川崎市高津区久地2-15-10 〒213-0032
美唄工場 北海道美唄市東明二条3-2-10 〒0072-0804
[障害者雇用]
1960年に都立青鳥養護学校卒業の2名の障害者を雇用し、1975年には全国初の心身障害者多数雇用モデル工場第1号として川崎工場を開設。1981年には美唄工場も心身障害者多数雇用モデル工場となった。社長(当時)の大山泰弘や従業員が厚生労働大臣表彰・内閣総理大臣表彰を受けたほか、2005年には日本理化学工業が社団法人日本フィランソロピー協会より、企業フィランソロピー大賞社会共生賞を受賞した。現在、川崎工場は従業員44名中重度知的障害者18名・軽度知的障害者13名、美唄工場は従業員29名中重度知的障害者8名・軽度知的障害者15名を雇用している。(平成24年7月1日現在)
本コラムはすべて私の独自取材によって構成・執筆させていただきました。
これまでに書いたコラム「よのなかメガネ発想術」
01回目は「常識を否定したバリアフリー」(2012/1/12)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3679
02回目は「秋入学で発想力を鍛えよう」(2012/1/26)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3699
03回目は「女性向けどんぶり専門店の挑戦」(2012/2/13)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3724
04回目は「手こぎ自転車」(2012/2/27)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3747
05回目は「高速道路上で結婚式」(2012/3/12)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3768
06回目は「手話スープ店」(202/3/26)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3788
07回目は「埼大生が企画した留年式」(202/4/09)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3809
08回目は「マイ野菜市民農園」(2012/4/19)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3825
09回目は「障害者支援・ソーシャルカフェ」(2012/4/30)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3841
10回目は「偉人伝講座で寺子屋モデル」(2012/5/10)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3857
11回目は「すかいらーくEV充電無料化」(2012/5/31)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3887
12回目は「撮影ボランティア」(2012/6/11)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3904
13回目は「江戸コンを全国展開へ」(2012/6/21)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3920
14回目は「障害者を積極雇用」(2012/7/09)
http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=3946





