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【違い】LOVEとLIKEはどう違うか

PRアイディア直売所 ~作って売るから安い~-朝日新聞 天声人語 2010年11月10日

よくわれわれの業界でいわれる「LOVE」と「LIKE」はどう違うのか、という問題を「2010年11月10日付朝日新聞 天声人語」が取り上げていたのを、朝日新聞の広告で知った。それによると、


「LOVE」-----------------異質なものを求める

「LIKE」------------------同質なものを求める


という心の作用、というのだ。うーん、「言い得て妙」の解説でありコラムだ。


そんなことより、私が興味をもったのは「(子どもや若者に強まる傾向として)同調圧力の強まり」という言葉。


たまたま今朝、TBSテレビ「サワコの朝」という番組を拝見。


ゲストは「さかなクン」だった。


「さかなクン」のお母さんは子どもの成績が悪くても担任の先生に「うちの子は絵を描くこととサカナが大好きなのでそれでいいんです」と言い張っていたという。


その意味は「個性を伸ばす教育はみんなと同じになってしまっては意味がない」ということ。


このことは私の生涯ワーク「発想づくり」とまったく同じのもの。人と同じことを考え、同じことを行動していたのでは「平均的な人間と同じになってしまう」。独創的な発想をするにはふだんからの習慣が大事なのだと思う。


この言葉はあの発明王のエジソンのお母さんのそれと同じだ。すばらしいのはいつの時代も子どもに対する母の教育の姿勢と習慣にある。


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「LOVE(ラブ)」と「LIKE(ライク)」はどう違うのか。何で読んだか思い出せないのだが、ある説明に感心して書き留めたことがある。


あのね! それは『深代惇郎 エッセイ集』(朝日新聞社刊)に収録されてます。先達の言葉を忘れるとは、いったいどういうこと? 許さん! というわけで全文。


「LOVE」と「LIKE」はどう違うのかと聞かれて、「ラブ」は「ライク」より強いのだろうと答えたら「程度の問題ではない、と人に教えられたことがあった。


その先生は、「LOVE」は異質なものを、「LIKE」は同質のものを、求めることで、そこが違うのだという説明の仕方をした。このはなはだ哲学的な解釈が、言葉の説明としても正しいのか、どうかは知らない。しかし、聞いていて、なるほどと思った。


神への愛であれ、異性への愛であれ、「愛」には不安定な激しさが感じられる。それは、自分と異質なもの、対極にあるものに立ち向かうために起こる燃焼のせいかもしれぬ。これに対し「好きだ」ということには、何かしら安定感がある。自分と同質なもの、共通するもの、同一線上にあるものを知る歓びであるためのような気がする


いいかえれば、「LOVE」は、異質な相手と合体することによってはじめて自分が完全になれるという欲求だとすれば、「LIKE」は、自分と同じものを相手の中に確認したい願望だといえようか。


「愛」ももっとも深い、本質的な情念にして、人間が造られたのだとすれば、やはり驚嘆すべき造化の妙にちがいない。


しかし、人間には、もう一つ「知恵」というものが与えられた。知恵があるので、一万メートルの空を飛ぶこともできるし、原子を破壊する秘密さえ知っている。知恵があるので、目標を立て、それを達成するためにもっとも効率のよい組織をつくり、もっとも便利な方法を編み出す。


このようにして物事を合理的にしてゆくことで、さまざまな問題が起こってくるが、その一つは万物を数字にしてしまうことだろう。数量化しなければ物は合理的にならないが、数字にすれば、一つ一つの持つ意味や質は無視されることになる。


あなたにとってかけがえのない人も、他の人とまったく同じように「一人」として数えられるにすぎない。「小鮒釣りしかの川」も、水量何トン、長さ何キロの川になってしまう。このようにして、人も物もすべてが「統計数字」になり、同質化されていく。


「愛」が人間のもっとも本質的な情念とされたのは、実は、異質のものと対することにより人間は自己発展することができる、という仕組みを内蔵させるためではなかったのだろうか。その意味で、人間の知恵は「愛のない世界」をつくることに一生懸命になっている。


たとえば、日本全体が画一的になり、地方の個性が薄れていくことがよくないのは、旅の楽しさがなくなるといったことからではない。異質なものがなくなることは、愛を喪うことであり、自己発展のエネルギーを失うことになるからである


地方選挙で、国政をそのままコピーしたような選挙を見ながら、こんなことを考えていた。


これが1975年頃の文章。最後の一文は、お約束というか余計なお世話的なきらいはあるが、現在の天声人語子のように「LOVE」と「LIKE」の対比に留まることなく


しかし、人間には、もう一つ「知恵」というものが与えられた。

と、こうくるところが深代節の真骨頂。


「愛」が人間のもっとも本質的な情念とされたのは、実は、異質のものと対することにより人間は自己発展することができる、という仕組みを内蔵させるためではなかったのだろうか。その意味で、人間の知恵は「愛のない世界」をつくることに一生懸命になっている。(以上、http://d.hatena.ne.jp/tom-kuri/20101110  より抜粋しました)

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発想とアイディアを独自の視点から研究している【伝説のPR職人】ハスカです。 私の一貫したスタンスは「あらゆるビジネスの根本は発想・アイデイアにある」。     マスコミと読者を「ハッ」とさせ、「ソウ」だったのかとうならせる、「わがハッソウ(発想)術は永久に不滅です」。また、ハスカ式PRをひと言でいうなら「創作PR」の世界といっていいでしょう。古典PRというものがあるかどうか知りませんが、         私のは既存手法とはまったく違う独自開発したユニークな独創的PRといえます。