【人】出版プロデューサー能力があるのか
ブログをやっていると自称出版プロデューサーという人が多いこと。あきれてものが言えません。でもほとんどはよくいえば編集者との橋渡し役、悪く言えばブローカー的ボーイといった感じだ。
出版企画書費だけで別途何十万円というひどい人も。本を書きたいという人の足元をみた嫌な人種だ。 そういう人の発想に共通するのが出版をビジネスツールに位置づけている点だ。商材というかバックエンドなどといういやらしい言い方をしてくる。
まあ、人それぞれだからそういう考え方もあっていいと思うが、世の中、そんな人ばかりではない。自分の考え方を後世に広めたいというね。何もビジネスだけが出版ではないはずだ。まずはこういうところから改めてもらわないと考え方が腐っている。
もちろん商業出版というからには「売れてナンボ」。そのこと自体に異論はない。だけど、今のビジネス書、実用書のタイトルを見たまえ。「○億稼ぐための必勝術」とかね、二言めには金、金、お金儲けだろう。そういう発想をやめたまえ。本が泣くよ。
本が売れることと、お金儲けの本を出すこととは違うでしょう。人の心に感動の火を灯すのが本であるわけですよ。お金儲けの本があってもいいと思うが、出版プロデューサーという人たちがそういう思想になってもらっては困るといっているのです。
プロデューサーとは時代を切り取ることのできる高い能力を有する人のことで、出版社の編集部に何十年いたからとか、そういうこととは決して違う。経験があってもない人はないのだ。
もちろん逆もいえます。エディター経験が短くても鋭い人はすぐになれる。編集者との人脈うんぬんを出版ノウハウなどといっている自称出版プロデューサー連中はあまりにもレベルが低過ぎる。そんなことは誰でもできる。プロデューサーというのはね、もっと高次元の能力をいうのだよ。
どこが違うか。ひとことでいえば「社会や時代をみる目利き能力や発想力」につきるでしょう。出版プロデューサーとは程遠いところに位置しているのにもかかわらず、私ごときがその辺の話をブログに書かせていただきました。
▽http://ameblo.jp/pridea/entry-11096105348.html