【人】実績ゼロ、最初はフロムエー
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発想とアイディアを独自の視点から研究している【伝説のPR職人】ハスカです。
私の一貫したスタンスは「あらゆるビジネスの根本は発想・アイデイアにある」。
マスコミと読者を「ハッ」とさせ、「ソウ」だったのかとうならせる、
「わがハッソウ(発想)術は永久に不滅です」。
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アメブロのブロガーが「近年の日本プロ野球の人事はおかしい。横浜DeNAベイスターズ工藤、日ハム栗山、阪神和田・・・。実績のない人が今年は監督になっている。どこの世界に何の実績もない人間にトップを任せる馬鹿な業界があるか」などと書いていたが、私はまったく逆の人。
トップに起用するという点では実績は大切な要素には違いないが、「発想力」という点では実績のない人ほどおもしろい。
だって打ってくる「手」がわからないのだから、迎え撃つ方は嫌だよね。両者は「勝負という戦争」をしているわけだから、敵将の手の内が読めないゲームほど観客を喜ばせるものはない。だから、私が球団のオーナーだったら監督は毎年代えたい。それも実績のない人にその任を託したい。
誰だって最初は無名。何もないAから始まる、まさにフムロエーなんだよ。それでいいじゃないか。芥川賞だってそうだろう。受賞した瞬間からばら色の将来が待ち構えている。だから受賞したいと燃えて挑戦者が後を絶たないわけだ。
出版だって同じ。今の出版編集者に欠けているものは著者になるべき人を見抜く能力、「発掘力」や「開発力」だと思う。人やモノを見る目、目利きといいますね、この能力が極端に落ちている。
紀伊国屋の売れ筋データベースを気にしたり、他社で売れていればその著者に類似本のオファーを出したり、これらの行為は「著者開発力」という点で逆行するもの。
まだ世にデビューしていないの人の考え方、文章力、ストーリーのおもしろさ、そんなところに読者は期待を寄せているのに、そういう努力はもはや皆無といってよい。
それらの動きに呼応するかのように、編集プロダクションや出版プロデューサーという連中が大手をふっている。嘆かわしい。編集プロが提示する書籍案をまるごと使用するのだからなさけない。
出版プロデューサーなんかはひどいもんだ。あのね、出版社に何十年いたって「著者開発力」のない人は永遠にないのだよ。誤字脱字、文章を圧縮・整理するだけのスキルをもった編集者、そんな連中にプロデューサー能力はない。
プロデューサーというのはね、まさに「発想の天才」でなければつとまらないわけです。既存の出版ノウハウや売れ筋傾向値など知っていてもつまらない。そんな分析は評論家にまかせればいい。
今の自称出版プロデューサーといっている連中にほとんど発想力はない。企画書などなくても当人に逢わなくても、「言動ひとつ」で見抜く能力、それをプロデューサーというんだ。時代を読みきる力、時代を変える力をね。
彼らがやっている仕事は編集者との往来のための「ブロ-カ-的ボーイ」に過ぎない。それを「人脈」などといっている。ちゃんちゃらおかしい。どうだ、この辺で出版プロデューサーという呼び名を変えたまえ。君らにそういう能力などないんだから。
無名の人を発掘し、時代を牽引する、これこそが出版人に与えられた誇り高き仕事だよ。世界で偉業を成し遂げた人はみんなそうだ。最初は誰でもフロムエー。無名。しかし、あるときに、その業界のプロデューサーとの出逢いによって大きく人生が変わる。それが本物のプロデューサーだ。
「実績が大事」といっているようではわれわれの「発想」領域ではまったく役に立たない。経験など不要。新人の感性こそがわくわくドキドキする。
映画業界はその昔、「ニューフェイス」といって新人募集を公募していた。今は「オーディション」という形に変わったが、みずみずしい新しい人を探すという点では発想の根は同じだ。
PS.
フロムエーは2009年3月末で廃刊になったんだね。お金を出して求人雑誌を買うという時代は終わった。ネットの台頭化だろう。求人情報はタダの時代。場合によってお金をもらう時代に。今はインターネット求人サイト「フロム・エー ナビ」 に名変したんだね。
