【新聞】石巻日日新聞、でかしたね!万歳
発想とアイディアを独自の視点から研究している【伝説のPR職人】のハスカです。
私の一貫したスタンスは「あらゆるビジネスの根本は発想・アイデイアにある」。
いゃあ、すごい知らせだ。日日(ひび)新聞、よかったねえ。万歳!日本の誇りだ。
9月25日、台北で開催された国際新聞編集者協会(IPI、本部・ウィーン) の年次総
会で、東日本大震災で社屋が被災しながらも手書きで新聞を発行し続けた宮城県
石巻市の地域夕刊紙「石巻日日(ひび)新聞」 に「特別褒賞」が贈られた。
同社は震災で輪転機が使えなくなり、記者がフェルトペンで壁新聞を作成。輪転機が一週間後に復旧するまで避難所など6か所に張り出し、被災者に情報を伝えたことが評価されたもの。
震災直後に手書きの壁新聞として発行された紙面は世界中から新聞を収集していることで知られる米ワシントンの報道博物館に展示されている。
ワシントンの「Newseum」に展示されることになったのは、震災翌日の3月12日付の壁新聞「第1号」だ。
「Newseum」では、この壁新聞を「人類の情報へのあくなき欲求と、それに応えようとするジャーナリズムを強力に物語る、時代を超えたメッセージ性を秘めた新聞」と評価。同社から該当する新聞を譲り受け、博物館に展示している。
「人類の情報へのあくなき欲求と、それに応えようとするジャーナリズムを強力に物語る、時代を超えたメッセージ性を秘めた新聞」とコメントした「Newseum」のジャーナリズムに対する熱い思いに涙が止まらない。時代を超えて、歴史を超えて、深い感動に値する言葉だからだ。よくぞいってたくれたと。
石巻日日(ひび)新聞は毎日発行の夕刊紙。3月11日の震災と津波で編集・発行の設備を失ったが、6人の編集陣が取材、3人がフェルトペンで紙に直接執筆して、避難所などに壁新聞として提供した。
2011年3月11日に発生した東日本大震災では、停電と津波により社屋が浸水し、輪転機が水没したが、濡水しなかった新聞ロール紙に、懐中電灯で照らしながらマジックペンで書き込んだ「号外」壁新聞を、3月12-17日の6日間、市内の避難所6箇所に張り出し、ライフラインの復旧状況や避難所での生活関連情報を伝えた。
3月18日付けの新聞からは市販の複合機プリンターを使って印刷を再開。そして3月20日付けから水没を逃れた古い輪転機を使い1枚(2頁)刷りの紙面での発行を再開し、避難所の市民に配るようにした。こうして震災直後から1日も休刊せず発行を続けている。
石巻日日新聞、よかったねえ。万歳、日本のジャーナリズムは生き残ってい.たぞ!
何といっても新聞社、新聞記者としての強い使命感、人の、社会の役に立ちたいというね。
このように人から褒められることをPRというんだ。人は死ぬまで褒められるために生きている。だからPR広報の仕事はとてもやりがいがある。この褒める仕事は「おべんちゃら」ではない。人に感動を与える「事実」がベースになっている。
▽リンカーンが肌身離さずもっていたもの
http://ameblo.jp/pridea/entry-10470298088.html
世間では「褒め方の極意」が流行っていますけれども、あの「褒め方」とも違います。繰り返しますが、PRというのは褒める内容が「事実」でなければいけません。言葉だけの浮ついた褒め方ではないのです。
広告とも完全に違います。広告は自分で自分を褒める。しかもお金を出して。我々のやっているPRは人(信頼すべきメディア)から褒められるという点で根本的に違う。
ソーシャルメディアで褒め合うのとはちよっと次元が違う。私自身、ソーシャルメディアをよく思っていないものですから。あれは単なる井戸端会議のようなもの。
そのうち大きな刑事事件でも発生したらわかるよ。ソーシャルメディアの暗部が。Twitterなんてフォロワーといっているけれど、私は形を変えた「電子ねずみ講」システムだと思っている。拡散という行為を宣伝というふうに置き換えているしね。
一部の上質のコミュニティは存在しているけれど、大半は意味不明のことを「小鳥のさえずり」のように言い合っているだけ。ランチなう? 私のソーシャルメディア観。
Twitterでは「つぶやき」といっていますが、訳語は最初は「さえずり」だった。だから小鳥のロゴになっているでしょう。暇人の「さえずり」以外の何者でもない。
▽『ツイッター』にはまるのはバカで暇人(PJニュース編集長、小田光康氏)
http://www.pjnews.net/news/56/20100716_2
▽ウェブはバカと暇人のもの (中川淳一郎著、光文社新書)
http://www.7netshopping.jp/books/detail/-/accd/1102680308/subno/1
