【本】元NHKアナ、杉山茂さんの言葉 | PRアイディア直売所 ~作って売るから安い~

【本】元NHKアナ、杉山茂さんの言葉

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発想とアイディアを独自の視点から研究している【伝説のPR職人】のハスカです。


私の一貫したスタンスは「あらゆるビジネスの根本は発想・アイデイアにある」。


今年の4月に刊行された本「スポーツは誰のためのものか」(杉山茂著、慶應義塾大学出版会) に鋭い指摘の記述があった。まずは本の内容から。


[本の内容]
半世紀以上にもわたりスポーツ報道現場にたちつづけた著者による「これからの日本スポーツ論」。


[目次]
はじめに  「スポーツ・コミュニケーション」のきっかけ
第 1章  日本(人)のスポーツ観
第 2章  教育の「現場」とスポーツ
第 3章  企業とスポーツ
第 4章  地域社会とスポーツ
第 5章  マスコミとスポーツ—活字(プリント)メディア
第 6章  マスコミとスポーツ—放送メディア/放送権ビジネス
第 7章  スポーツは揃っているけれど…


[著者情報]
杉山茂氏。スポーツプロデューサー。1936年東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。元NHKスポーツ報道センター長(1988~92年)。NHKのディレクターとして、オリンピック取材夏季・冬季合わせ12回など、スポーツ番組の企画、制作、取材、放送権交渉などを手がけ、長野冬季オリンピックでは放送機構マネージングディレクターを務めた。1998年NHK退局後は、スポーツ評論の著述、番組制作会社エキスプレス・スポーツのエグゼクティブプロデューサーなどで活躍


杉山さんは本書の中で、1950年代後半、普及したテレビのスポーツに対する最大の貢献を次のように挙げています。


スポーツを家庭化したこと


「スポーツはもともと男性文化であったが、テレビという媒体を通じてお茶の間に入り込みました。日本のスポーツはもともと、精神論やハートの部分を大切にしており、すべてのスポーツにおいて『楽しむ』や『遊ぶ』というエンターテイメントの要素を避けてきた。テレビ中継によって女性や子供も交え、スポーツが家庭内での会話のテーマとなったことはスポーツの発展に貢献したことである。


▽テレビがスポーツの世界にマネーを持ち込んだこと


「新聞、雑誌は人気があれば増ページや増刊ができるにしても、テレビに与えられた量は24時間でその制限の中でヒット番組を作るかが重要である。スポーツの同時性は大きな特色だが、それはテレビ局にとって独占的でなければ意味がない。スポーツ界にはアマチュアリズムが根付いており、スポーツを商品として考えることはできなかった。


しかし、ボクシングでのファイトマネーのように、試合における放送独占の対価として高額なビジネスが60年代以降、内外で活発となり、それがスポーツ界を裕福にし、選手に賞金という形で還元するという構造やプロスポーツの発展、トップレベルにおけるアマチュアリズムの終焉につながった。


▽視聴率について


テレビとスポーツの関係が評価される一つの手段が視聴率である。メディア側にはスポーツ界、スポンサーなどから『いかに多くの人に見せたか』が求められるものである。会場での観客は6000人としても、テレビでは1000万人に見せられる。


日本特有の精神論があるためテレビ側にとって難しい問題もあったが、たとえばバレーボールはいち早くテレビ最優先を打ち出し、試合時間や対戦カードをテレビ局の要望に合わせるなどした。もっとも『見られればよい』ということで今日のアイドルを起用した番組制作の姿勢につながっているのは感心しない。バレーはもともと試合がいつ終わるかわからないという競技だが、テレビ放映がしやすいようにルールやストラクチャーも変更するなど、大胆な取り組みを行ってきたのはテレビ的には評価されるのではないか。


さて、鋭い指摘の記述とは、「競技者たちのホームページによる『当人発の情報』はしばしばメディアの取材による談話より真実に近いとされる」「第三者を介さない発信だから正しいと言い切れるだろうか」という一節。


今は引退したけれど当時人気絶頂期にあったサッカー選手Nの言動をさしていると思われますが、このN選手は私もよく知っているPR同業者のS社がアドバイスしたもの。


以来、スポーツ選手はもちろんのこと芸能人でも何かあるとマスコミ取材の前に自身のホームページで談話を発表するやり方が主流となった。その魁となった功績?はあったとしても、実は私も著者・杉山茂さん同様の意見をもつ一人であります。


なぜなら、ホームページに記載された内容が、選手が本当のことを言うとは限らないし、スポーツメディアというよりメデイア自身の取材のあり方、もっといえば存在価値にもかかわる重大な問題ととらえています。


このN選手の頃はTitterが出始めただったが、今はホームページよりもTitterで第一報が「本人談」として報道される。果たして本当にこのやり方でいいのだろうか。


私は第三者のジャーナリストが本人を直撃するリアル取材こそが「談話」だと思う。ホームページやTitterに載っている内容をそのまま転載して報道するようではジャーナリストとはいえない。報道の根源的な姿勢そもそもが間違っている。