【本】幸福に3つの福あり
「努力論 改版」 (幸田露伴著、岩波書店) -----2001年発売時のもの
[本の内容]
「努力している、もしくは努力せんとしている、ということを忘れていて、我がなせることがおのずからなる努力であってほしい」。何かをなそうとしても、ままならぬことの多いこの世の中で、いたずらに悩み苦しまずに、のびのびと勢いよく生きるにはどうすればよいか—達人露伴の説く幸福論。
[目次]
運命と人力と
着手の処
自己の革新
惜福の説
分福の説
植福の説
努力の堆積
修学の四標的
凡庸の資質と卓絶せる事功
接物宜従厚
四季と一身と
疾病の説
静光動光
進潮退潮
説気 山下語
--------------------------------
「幸せになりたい」と思うけれども、運不足や幸不幸はすべて必然であって、偶然の巡り会わせと考えてはいけないのだそうだ。
「幸福に遭える人は次の3つをうまく工夫できる人だ」と、日本の小説家・幸田露伴先生がその著書「努力論」の中でいっておられます。
1.惜福
惜福とは、福を惜しむ、即ち、福を使い果したり、取り尽くしてしまわないことをいう。有り金を浪費したりするのは、惜福の知恵がないのである。正当なこと以外には、無駄遣いしないのが惜福である。
2.分福
「うまい酒ほど他人と一緒に飲め」という諺がある。分福とは、ひと口でいうと、自分の得た福を他人に分け与えることである。惜福と分福とは、互いに表裏をなしており、惜福は自らの幸福を抑制し、分福は幸福を他人に分け与えるものである。
人の世は、時計の振り子と同じで、右へ動かした分だけ左へ動き、左に動いた分だけ右へ戻る。「天道は復することを好む」というが、自分から福を分け与えれば、人も又自分に返してくれるものである。
3.植福
植福とは、自分の力・情・智をもって、人の世に幸福をもたらす物質・情緒・知識を提供することである。植福という一つの行為は、二重の結果を生む。自己の福を植えると同時に、社会への福を植えることになり、その結果、自己の福を収穫するとともに、社会の福をも収穫できるのである。
今日のような社会が成り立っているのは、すべて祖先の植福の賜物である。文明というものは、すべて先人が福を植えてくれた結果である。災禍は、すべて福を破壊した結果である。
うーん、深いなあ。
なかんづく私は、3.植福 には感銘した。
これはPR広報の目指しているとこと合い通じるところがあります、はいっ。

