【音】飯田久彦「ルイジアナ・ママ」
飯田久彦 ルイジアナ・ママ
発想とアイディアを独自の視点から研究している【伝説のPR職人】のハスカです。
私の一貫したスタンスは「あらゆるビジネスの根本は発想・アイデイアにある」。
おそらく日本の音楽シーンの中で石原裕次郎の次に女性にモテている人だろうと思われます。
坂本九に誘われデビュー入りしたものの、自らを「歌い手くずれ」と称したが、またたく間にスターダムへ。米国歌手ディオンの名曲「悲しき街角」のカバーでデビュー、大ヒットした後、「ルイジアナ・ママ」で頂点へ。
70年代、若きポップスターは栄光を捨て裏方に転身、ビクターの音楽ディレクターに。そこでも松崎しげるの「愛のメモリー」をきっかけに、ピンクレディー、桜田淳子、小泉今日子などアイドルをスターに育てる。
栄光のビクター・スピリット。ビクターを愛して止まない飯田氏に突然、白羽の矢が。老舗テイチクの再建のオファー。演歌からロックまで伝統を守り、先端を切り開いた業績を評価され、平成11年、テイチク株式会社 代表取締役社長・会長を経て、現在はエイベックス・エンタテインメント取締役。
ソロ歌手としてだけでなく裏方、そして経営者としても成功を収めた人は後にも先にも例がないだろう。
私より6歳年上の現在70歳。映像の通りの若々しいエヴァーグリーンな「音楽青年」だとか。この雰囲気で70歳。モテるはずだ。若き日のあだ名は「チャコ」だった。