【自論】善いことを作り出すのが広報
発想とアイディアを独自の視点から研究している【伝説のPR職人】のハスカです。
私の一貫したスタンスは「あらゆるビジネスの根本は発想・アイデイアにある」。
広報パースンとは善いことを創る人のことであります。
■広報パースンの発想力(1/2)
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広報パースンはいつの時代でも「発想」を豊かにしなければならないと思っています。
例えばいま流行の環境問題。
利益が上がっている会社だから経営資源に余裕があるからの理由で、「環境問題に対処できること」「自分のところは中小企業なのでそういうことできない」などと思ってはいけない。大事なのは意識を持つこと、できることから実行するというスタンスが必要です。
このコラムでも何回もいっていますが、広報部門は会社から、上司から言われたとおりのことをやっているだけではダメです。受け身というか、待ちの仕事があなたの才能を腐らせていきます。
もっとプライドをもって「攻めの仕事=クリエイティブ」をしてこそ、広報が社内外でイニシアティブがとれるというもの。
温厚な性格で学生時代、文芸部にいたから文章作成はそんなに苦にならないという程度の理由で広報部に呼ばれたのなら、自分には向かない仕事と思い、さっさと配転希望を人事部に出すべきです。
広報パースンが発想を豊かにする前に、覚悟をしておかなければならないことがあります。それは、広報業務に対する「思想」「哲学」「倫理」を理解しておくことです。
広報部門はモノを数多く売るために存在している部署ではありません。モノやサービスを売るのは「宣伝部」「販促部」という部門。広報は、確固たる企業の信頼感を獲得するために存在・機能しています。
多くの消費者は「あそこの会社は信用できる。だからその会社の商品を買いたい」と思うように、まずは商品よりも、企業の信用ありき、信頼性から始まります。
■広報は「善いこと」を創り出す仕事(2/2)
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企業が社会に対して「よいこと」を提案、提供するとき、企業は一方で社会に「負荷」をもたらします。例えば自動車のある暮らし。モータリーゼーションは私達の生活を素敵に変えてくれましたが、一方で排気ガスという「公害」を発生しました。社会にとってはいわば「よくないこと」でした。
だから、企業が社会に対して社会的責任を果たすということは、
[1]社会に与える「よいこと」が、大きいこと
[2]社会に与える「よくないこと」が、小さいいこと
の双方が必要だと思います。
どんなにたくさんの「よいこと」を社会に提供しても、そのためにもたらされる「よくないこと」がたくさんでは仕方ありません。「豊かさ」を追求していた時代は少々の「よくないこと」を無視するような風潮がありました。
素敵な生活をするためのモノやサービスを多く売ることはいいことだけど、そのために「よくないこと」をも大きくしてしまっては本末転倒になってくる。
だから、企業の社会的責任というのは「よいこと」を大きく、「よくないこと」を小さくしなければなりません。
私達、広報の仕事は、企業が提供する「よいこと」と、もたらす「よくないこと」のバランスから考えて、企業や、その商品が、社会に存在すべきか、否かについてのコンセンサス(意見一致)づくり、ということになります。
企業が社会にもたらす「よいこと」とは、「素敵な生活」であり、「よくないこと」は時代とともにいろいろ変わってきます。これまでのキーワードで言いますと、「安全」「価格」「公害」「資源」などです。
「ブーム」や「ムープメント」は3つの段階があるといわれています。
[1]主張の段階
[2]流行の段階
[3]風俗の段階
企業が社会の変化や疑問に対して、 新しい「考え方」と「行動」を提案することによって、しだいに賛成の行動が加わり、「話題」「流行」「風俗」「世論」という流れで大きな文化・文明へと発展していきます。
そして、「世論」は、「ジャーナリズム」「行政」「企業(団体も含む)」から作られていきます。
最後に、経団連が定義した「企業の社会貢献」の内容をあげておきます。この言葉をひとつひとつ噛み締めてください。これ以上のものはないというぐらい的確です。実にすばらしい定義です。悩んだときはこの定義に戻ること。
●企業の社会貢献とは、社会の課題に気づき、自発的にその課題に取り組み、直接の対価を求めることなく自らの資源を投入すること。
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住職法話集(第45話) 悪をとどめ善をすすめよう
常に家庭、社会が幸せで平和で有る為には、私達一人一人が悪をなさず善行に努める事が肝心である。
しかし、日常生活では、なかなか実行出来ないのが現実では無いだろうか。悪いことをするな、善いことをしなさい、心を清らかにしなさい。
この教えが仏教の真髄なのです。最近のマスコミ報道を見ると、大手企業・公務員等の方々の、倫理観・道徳観の欠如に唯々驚くばか りです。悪いことをするな、善いことをしなさい。心を清らかにし なさい。
この事は、子供でも出来そうな事ですが、高齢になっても中々実践する事が難しいのが現実ではないだろうか。
この言葉を今一度心して噛み締めて見る必要があると思うのだが。
