【自論】石田梅岩のCSR思想
■38年前に書いたCSR企画書(1/2)
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昨今、企業の社会的責任のことをCSR(Corporate SocialResponsibility)などといってマスコミを賑わすようになっていますね。
自慢ではないですが、私などこの言葉が知られていなかった38年も前に当時勤務していたPR会社で、社長からいきなり「企業の社会的責任に特化したPR企画書を書いてみないか」といわれました。
書けずに苦しんでいたら、その社長が手を貸してくれ一緒に共同作業して徹夜でクライアントに提出したのを昨日のことのようになつかしく思い出します。
クライアントは自動車部品会社で、企画書のタイトルは 「二部上場から一部上場に移行するための3ヵ年PR企画書-企業の社会的責任という観点から-」というものだったように思います。
コンペだったのでプレゼンには敗れ採用されませんでしたが、このときの体験はその後の私の人生に大きく影響を与えました。
すなわち、「広報・PRとは何か」「企業の存在価値とは」など倫理観に基づいたもので、究極的には「人としての生きるべき道」にまでたどりついた内容だったのです。企画書は通りませんでしたけど、私はこれで一皮むけました。自信がついたのです。
CSRが日本で使われ始めたのは2001年頃からだと思います。2003年3月に経済同友会が「市場の進化と社会的責任」というテーマでCSRを取り上げ、同じ時期に日本経団連も論議を始めたように思います。
これらの動きに加え、翌2002年にはEU(欧州委員会)も「EUホワイトペーパー」を発表、その中でCSRの定義を次のようにしました。
「持続可能なビジネスの成功のためには、社会的責任ある行動が必要であるという認識を、企業が深め、事業活動やステーク・ホルダー(利害関係者)との相互関係に、社会、環境問題を自主的に採り入れる企業姿勢である」
この中で重要な点はキーワードは以下の3点だと思います。
[1]持続可能な成長
[2]ステーク・ホルダーとの中で改善
[3]自主的、自発的な姿勢
[1]の「持続可能な成長」については、次世代への配慮という意味で、CSRにとって
は欠かせない言葉。
[2]の「ステーク・ホルダー関係」でも相互利益をもたらすような「ウィン・ウィンの関
係」をめざす経営で、環境・人権問題などこれまでのステーク
・ホルダーに「NPO」「現地住民」などを加えなければならないものになっている。
[3]の「自発的な姿勢」こそCSR発想にもっとも必要なキーワードだ。
■石田梅岩こそCSR思想の原点(2/2)
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では「自発性」が生まれる源泉はどこにあるかといえば「企業の社会的責任」に対する経営者の自覚であり、経営者トップの「倫理観」に帰結します。
それでは経営者の「倫理観」は何に学ぶか。近代日本をつくった渋沢栄一や新渡戸稲造の思想にもあらわれていますが、江戸時代にもしっかりとした倫理観にたって「商売とは何か」を考えていた学者がいた。
それが石田梅岩(いしだばいがん)。
石田梅岩の学問「心学」は「人の人たるの道」を探求したところから出発しており、資本の論理の前提には「倫理、道徳」があり、そのバランスの上に「商人道」は成り立っているとした。
欧米流のマーケティング思想を学ぶ前に、日本独自の「商人道」を見直すべきではないだろうか。江戸期に「商人道」を確立した石田梅岩の「心学」にこそCSRの原型があると思っています。「お客様満足」「利益の正当性」「倹約と「 正直」「持続可能性」・・・。
石田梅岩は11歳でいまの京都府亀岡市から京都の商家に丁稚奉公、15歳でいったん帰郷するが、23歳でまた京都の別の商家へ丁稚奉公に。その後、独学で神道から仏教、儒教の思想を学んだ。
35歳の頃、小栗了雲(おぐりりょううん)という師にめぐり合う。43歳で奉公を辞してのち、京都は車屋町の自宅に、聴講自由、席料無料の看板を掲げて私塾を開いた。多くの門人たちの布教努力によって全国に広がり、講舎は180箇所ほどを数えるまでに。
いまなぜ石田梅岩か、というと、今日こそ「資本の論理」と「倫理」のバランスが崩れている時代だと思うのです。健全な経済活動を取り戻すためにも「企業の社会的責任」が問われていると思います。
しかし、「社会的責任」というテーマの本質は法律解釈ではなく、倫理観をもって判断するかどうかだと思います。いまCSRが求められているのは、単に企業防衛や危機管理だけではなく、企業がその理念をしっかり自覚し、社会全体を健全な方向に導くための使命感を示して欲しいと思います。
すでにISO(国際標準化機構)がCSRを世界的に規格化した。これまでの品質規格や環境規格とは異なり、第三者認証という形をとらないことが特徴です。
重要なのは、企業それぞれが自主的に創り上げ、目に見える形で社会にその成果を示していかなければならないことです。企業のコスト負担として防御的にとらえるのではなく、それを契機に企業の新たな価値創造に転化していくという新しい発想が必要なのではないだろうか。
