戦場カメラマン渡部陽一さんの魅力 | PRアイディア直売所 ~作って売るから安い~

戦場カメラマン渡部陽一さんの魅力

 
  あかしやトーク「渡部陽一」に、なにきく    あかしや定食「戦場カメラマンは、最近・・・」の巻

【伝説のPR職人】のハスカです。

昨年は戦場カメラマン渡部陽一さんが大ブレイクした年でしたね。

どこのTVチャンネルをひねっても出ていましたね。

「戦場カメラマン渡部陽一さんの魅力」という検索ワードで調べてみました。

私が本当に知りたかったのは、最初にTVに引っ張り出したプロデューサーとの出逢いや隠れた秘話を知りたかったのですが、なかなか見つけることができませんでした。

誰か知っていたら教えてください。

テンポの激しい現代にあって、そんな生活リズムとは相反する「ゆるキャラ」的しゃべりが奏効したのでしょう。

TVに引っ張りだしたプロデューサーの眼力と、その期待に見事に応えた渡部さんのキャラの合作。


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戦場カメラマン渡部陽一の公式サイト http://yoichi-watanabe.com/
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http://pitaro.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/post-5dd8.html

2010年9月16日 (木)
人気を呼んでいる「戦場のカメラマン」渡部陽一氏・その魅力

独特な話し方と親しみやすい人柄でバラエティー番組で人気を呼んでいる「戦場のカメラマン」渡部陽一氏について紹介しよう。
渡部 陽一(わたなべ よういち):あだ名は「エスパー伊東」。静岡県富士市出身・1972年9月1日生まれ・フォトジャーナリスト・身長180cm、体重65kg、血液型A型。妻子あり。明治学院大学法学部に進学、アルバイトで貯めた資金を基に1年生の時から戦場に取材に行き、試験の時だけ帰国。その影響で大学を2回留年したが無事卒業。
弁護士を志していたが、大学在学中に行ったアフリカコンゴ民主共和国で、ルワンダの少年兵に襲撃され、カメラと私物全てを差し出して何とか助かったが、帰国後、周囲の人にその被害と少年兵がいる現実を説明したが理解してもらえなかったことから、その場の状況を伝えられるカメラの必要性を痛感し、戦場カメラマンとなることを決意。
1年の半分は外国滞在で、ルワンダ紛争、コソボ紛争、チェチェン紛争、ソマリア内戦、イラク戦争など130の国と地域の紛争地域を取材。テレビ番組などで作品を配信している他、ラジオ番組でも現地から直接リポートをしている。
テレビ番組への出演を始めたのは、戦場カメラマンとしての活動を知って貰うことと、活動費を稼ぐのが目的と話す。

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http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1348231033
gakiday82さん
質問日時:2010/10/6 21:17:06.
あなたが思う戦場カメラマン渡部陽一さんの魅力とは何ですか

ベストアンサーに選ばれた回答
fusshy_pompomさん

戦場カメラマンというご職業と、ゆっくりとした穏やかな口調のギャップでしょうか。
髭面で真面目そうな雰囲気から、時折見える笑顔もいいギャップかも。
バラエティ番組で、失礼なイジリ方をされても変わらないし、くだらない質問にも体ごとその人へ向いて答える誠実さ、そこに品の良さと凛とした強さを感じます。
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http://yoichi-watanabe.com/special02.html

「戦場ジャーナリストという存在。」

戦場取材の現場には、世界中から多くのジャーナリストが集まり、取材合戦ともいえる情報収集の競い合いが繰り広げられます。それぞれの国のジャーナリストにとって、自国の国民が必要としている情報を集め、配信することが大切な仕事です。そしてその取材内容に全責任を負います。
戦場取材に足を運び続けていて感じたことは、どの国のジャーナリストも現場での取材方法は基本的に似通っていましたが、そのニュース素材が自国で放送されるときには国ごとに大きく色分けされていることがありました。戦争を支持している立場なのか、反対の立場なのかでその国で流れるニュースは全く違ったものとなっていました。「戦争報道とはそこにある事実を伝えること」この一番大切なルールを守り、現場で切磋琢磨するジャーナリストたちにとって国別に配信ニュースが違っていたというのは恐怖を感じざる得ない瞬間でありました。戦争を支援するのか、しないのか、この選択が日本をはじめ世界中の国々に課される究極の選択となっていました。戦場ジャーナリストの責務、それは現場に立ち虐げられる方々の声を、そのまま伝えること、これに尽きると感じています。
状況が不安定な国ではそこに生きる人たちの声はなかなか伝わってきません。ジャーナリストたちが、誰よりも先にそこに自ら飛び込み、今そこにある危機を素早く世界に伝えていくことが求められています。現場に立つジャーナリストの経験と知識、技量が取材を完遂させる大切な要素であるといえます。

「世界中の友人たちにこんにちは!」

戦場カメラマンになって一番興味深いこと、それは世界を飛び回ることで世界中に友人が出来たこと、これに尽きます。アフリカ、中東、北中南米、ユーラシア、アジアといった言葉も文化も慣習も違う国々に、気さくに迎えてくれる友人たちがいることに改めて驚いています。
日本で生まれ育ち、戦場カメラマンになるまで海外の方々と接触したことがなかった私が、カメラ両手に世界を飛び回ってみると、取材先の国々で救いの手を差し伸べてくれる人たちに必ず出会いました。そこでは戦争という混乱期にもかかわらず、見ず知らずの外国人ジャーナリストを迎えてくれる懐の大きさ、隣人を愛する思いやりのある人たちが世界にはたくさんいました。戦場で生きているにもかかわらず、誇り高く慈悲深い、優しさや献身の心を身につけていることに頭が下がりました。戦場の極限状況に生きる人たちは家族や友人の為にいかなる犠牲も払うと断言しています。そして、その通りにして亡くなられた方々を何人も知っています。国籍は関係なく、人として尊敬できる方々ばかりでした。
自分にとって世界中の友人たちに「こんにちは!」と挨拶に伺えることが、取材の中で大きな喜びを占めています。日本人と全く違った喜怒哀楽をはっきりと表に出す友人たちから、日々大きな刺激と教訓をもらっています。

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http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/media/472122/
【メディアと社会】戦場カメラマンさえ「消費」しかねないテレビ 渡辺武達
2010/12/08 10:08

渡部陽一39
筆者が親交のあった戦争ジャーナリストは十指を超える。外国人ではベトナム戦争報道でピュリツァー賞を得たD・ハルバースタム氏(1934~2007年、作品に『ベスト&ブライテスト』等)や、P・アーネット氏(76)=作品に『戦争特派員 CNN名物記者の自伝』等=が双璧である。2人とも戦場からのリポートで世界に衝撃を与えたジャーナリストで、テレビのバラエティー番組に登場するようなことはない。

■渡部氏の優しいまなざし

ところが、今、日本のテレビ界、それも娯楽番組の異色「タレント」として大ブレークしている「戦場カメラマン」がいる。渡部陽一氏(39)である。グレーのツバなし帽をかぶり、薄茶のチョッキを着て、望遠レンズ付きカメラをもつ。週に数回はどこかの放送局の番組に登場し、独特の「ゆるキャラ」的しゃべりで笑いをとり、最近ではコマーシャルでも見かけるようになった。
世の中に流通している情報には一般的に(1)市民の日常生活レベル(2)学者などの専門的レベル(3)両者をつなごうとするメディアジャーナリズムのレベル-の3つがある。そうして3層構造となった社会情報が交わることは実際には簡単ではない。渡部氏は学生時代からアフリカの戦場におもむき、世界各地で経験を重ね、戦場で犠牲になる子供に限りなく優しいまなざしを向ける。登場番組からもそうしたすぐれた仕事とだれをも感動させる誠実な人柄が伝わってくる。
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