「勇気・元気をもらう」の言い方に異論
【伝説のPR職人】のハスカです。
最近、特に若い人に、人から「元気をもらった」とか「勇気をもらった」とかの発言を見受けますが、私はちよっとおかしい言葉使いだなと心にひっかかっていました。
そんな矢先、NHKテレビをみていたら、そのことが話題になり、ゲスト出演していた俵万智さんが、「言葉使いとしては変わってきています。本来、勇気とか元気は自分から出すものであって人からもらうのはおかしい。たとえていうと、言葉の外注、アウトソーシングなんですね」といっていました。
自分で勇気がもてない、元気がでないものだから、人から与えられているんだという。私はこの解説をみて合点がいきました。そう、現代人は人から「元気の素、勇気の素を注入してもらっているんだと」。
その具体的証拠が「きょうはあなたに元気と勇気をいただきました」などといっていますね。若者は。私たちの世代ではこういう言葉使いは絶対しない。おかしいんだよ。
私も俵さんの説に納得。ただ、この言葉、本当に俵説がどこまで正しいかどうかは不明。使われ方が変わってきたということでしょう。この部分は認めなくちゃ。
私の専門はPR発想ですが、言葉は重要な役割をします。その時々に、心にひっかかったことが大事なんです。なぜ、おかしい、不思議だ、・・という心情こそ、明日への発明・発見につながります。これを当たり前のように素通りしておくと決していい企画は生まれないと思っています。
私と同じ疑問をもった人も多いらしく、同様質問に答えてくれていたサイトがありました。2006年でちよっと古いのですが、ここに書かれてあることに私は賛成です。
▽勇気はもらえるか http://yeemar.seesaa.net/article/12422967.html
このサイトの説ではこういうもありました。これもなるほどと思っています。それは
「ドラゴンボール」と「青いブリンク」のことです。ここから流行ったのではないかと。
〔孫悟空〕だ…大地よ 海よ そして 生きている すべての みんな ………/このオラに ほんのちょっとずつだけ 元気をわけてくれ!!!〔原文総ルビ〕
(鳥山明『ドラゴンボール』第20巻 1990.01.15 第1刷 p.77)
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(がけ上の細道で)〔ブリンク〕止まっちゃだめだよ、カケルくん。〔カケル〕だめだよ、これ以上行けないよ。〔ブリンク〕カケルくん、勇気を出して。君は男の子だろ。〔カケル〕だって、こわいんだよう。落ちそうだよ。〔ブリンク〕弱虫! しかたない、勇気をあげる。(カケルに火の玉を打ちこむ)〔カケル〕(がぜん元気になってブリンクにまたがり)ブリンク、行くぞ!
NHK「青いブリンク・第1回・はるかなる出発」1989.04.07 放送
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ところで、俵万智さん、男の赤ちゃんの母親でもあるんですね。けれど、俵さんは結婚しておらず、シングルマザーとして、相手の男性については明らかにしていない。
