【発想】PR企画の前に発想力
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発想とアイディアを独自の視点から研究している【伝説のPR職人】ハスカです。
私の一貫したスタンスは「あらゆるビジネスの根本は発想・アイデイアにある」。
マスコミと読者を「ハッ」とさせ、「ソウ」だったのかとうならせる、
「わがハッソウ(発想)術は永久に不滅です」。
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◎人脈よりも大切な企画力
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■広告代理店的思想とは相容れない(1/2)
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若い頃、仕事欲しさに広告代理店まわりをしたことがあった。そこの営業部長らにいわれた言葉が今でも激しく心に刺さっていることを思い出します。
いわく、「あなたたちのやっているパブリシティ活動は結局、マスコミとの人脈で成り立っているようなものだね。なんだかんだいっても記者との関係を保持するために毎晩、アフター5を利用して赤ちょうちんで接待してるんじゃないの。目に見えないところにお金のかかる商売だね」。
この言葉に無性に憤りを覚えていましたね。私自身、酒が飲めず好きでないこともあったが、それより酒席で語らえば何とかしてあげよう、という意図が気に入らなかった。我々の仕事は不動産屋や情報ブローガーではないんだと。
この言葉を聞いて、彼らと一生仕事をしたくないと心に誓った。そもそも思想が決定的に違う。「出し稿入れ稿」で「なあなあでグチョグショ」になっている彼らと仕事の取り組み方はもちろんのこと、生き方自体が違うと。
以来、広告代理店からの下請け的な仕事をすべて絶った。孤立無援の時代が続いたが、やがて直接顧客と取引できるインターネットという巨大怪物に出逢った。かくして私は1998年、日本で初めてプレスリリース配信代行を軸としたネットビジネスを開始、この分野の先駆けとして光明を見出してきました。
「マスコミ人脈が本質」と言い放った広告代理店の部長氏に象徴されるようにこの言葉に嫌悪感を持っているのは今でも変わりはない。実際、私などマスコミにお茶一杯ご馳走したことないし、まして接待などというのはもってのほかという思想の持ち主。こちらが接待してほしいぐらいだという気持ちをずうっと持っていた。
確かに日本は米国と違い、クライアント自身がPRしたいと思った時、一番先に相談に行くところが広告代理店というところだった。だから、私たちの仕事はつべこべいわずに、広告代理店回りを忠実にやっていさえすれば仕事はそれなりにありつけたものでした。
1本の樹木として確かなレギュラークライアント獲得にはなっていきませんでしたが、「落ち葉拾い」のようにきれいに掃除をすればお金には困らない時代だったように思います。あくまで下請けとしてのスポット(短期)にしかすぎませんでしたが。
■PR広報に人脈は不要(2/2)
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しかし、彼らのように「マスコミ人脈にパブリシティ屋の本質がある」といわれたのではこちらもたまらない。軽やかにビジネス本位で立ち振舞っておれば今頃こんなに苦労することもなかったのでしょうが、私の気性が許さなかった。
広告屋とはぜったい仕事をしたくないと。自分のアイディンティーがなくなってしまうとも。実は私が考えたのと同じくらい皆そう考えているらしい。皆というのはPR広報で独立している人(PR会社と呼ばれている同業者)たちだ。
最近、ある広告代理店の人と出逢う機会があった。その人いわく。「私もたくさんのPR会社の人間を知っているけれど、どの人も共通しているところがある。彼らはなぜ私たちのことをこんなにボロクソにいうのでしょうね。販売促進をサポートするという広告本来の仕事がそんなに悪いことなのでしょうか」
そうなんです、まさにここに本質があります。広告代理店の仕事はクライアントの製品サービスの数量や金額を増進する販売促進や集客促進なのです。一方、我々は広報代理店。文字は一字違いですが、その業務内容は大きく違います。
たとえていうならば、広告代理店は販売促進に象徴される「量」の世界。我々の広報代理店の仕事領域は信用・信頼・評判などの目に見えない事柄を獲得する「質」の世界なんです。
これをごちゃまぜにして最近「販促PR」という言葉がネットに氾濫していますね。私たち広報ひとすじの人間からしますとかなり違和感を感じます。
販売促進が無意味とは思いしませんし大切な活動ですが、我々の得意分野はどこまでいっても好感度を獲得するという目に見えない「質」の世界なんです。ここが決定的に違います。これを同じ土俵にのせて、得意げにみせているのが「販促PR」。販売促進のひとつの手法にパブリシティという分野があると。
違いますね。PRは販売促進ではない。「販促PR」などという概念はわれわれ広報の人間にはない。PRの王道を歩んでいない人間が勝手に作った造語なのです。やっちゃいけないということはないけれど、販促活動は販促という確固たる領域(企業の組織名でいえば、販売促進部とかマーケティング部とか営業本部とか)でトライして欲しい。
つまり、本来販促部門がやらなければならないテーマを広報部門に押し付けるな、
といいたいのです。
基本的にはこれは相容れない世界観ですから。マスコミは企業の販売促進活動など報道の対象にするはずがないのであります。
そもそも社会正義を唱えるマスコミに対して、企業が売り上げ達成のためにパブリシティ(報道PR)を活用するなどという発想自体が間違いなのであります。
マスコミには政府を監視し、国民の社会正義のために正しい報道を行うという使命があります。その範囲内において適切な情報提供を行っていくのが広報活動なのであります。
テレビパブリシティを得意とするPR会社のWebにこう書いてありました。
「当社はテレビ番組で活躍しているディレクターやプロデューサー、それに構成作家など現場に密着した人脈が豊富です」と。
実にくだらないですね。私に言わせれば、こういう会社は飲み食いで人脈をつなぎ止めているんだろうなと。つまり、それだけの器の小さいということを公表しているようなもの。恥ずかしいと思わないのかな。
こういう会社にはPR広報のノウハウはないといってよい。情報を企画したり作ったり、産み出している側がエライのであって、それを伝える媒体側にはないんだという誇り。現代の流行、ひいては文化までをも作っているのはほとんどわれわれPR業者だという事実をもっとプライドを持って欲しいね。
不況の今、経営者はややもすると「売らんかな志向」に走りがち。そのため広報の機能を間違えて、「限りなく販売促進効果を狙ったPRをして欲しい」という命令や指示はそれなりに理解を示したとしても、PR広報部門はそれを毅然として跳ねつける勇気を持って欲しい。
企業にはお金よりもっと大事なものがありますよと。
それをニッホンハム投手の斉藤祐樹君風にいえば、「我々には持っているものがあります」「それは顧客との信頼関係であり、社会からの認容であります」と。
これをいったん失ったら取り返しのつかないことになってしまう。企業の存続すら危ういことに。そうならないためにPR広報部門は日々「信頼獲得」の仕事をしているんですと。
人脈はないよりあった方がいいのは確かですが、なくても結構。こと、PR広報に関してはなくてもよろしい。そんな時間があったり、もっと斬新なアイディアなり企画を考えろ。そして社会に役立つPRを提唱し、実践しよう。持つべきはマスコミ人脈ではなくて、教科書に載っていないアイディア発想と企画力なのだ。
そして、街の職人よろしく、こつこつと自分の世界を築いていけば、やがて文化功労者として政府から表彰されるようにもなる。知らない他人がどこからともなく寄ってくる。そんな人物に私はなりたい。そのときこそ本物の誕生だ。
