アサヒカメラ編集長の奥田明久さんが逝ってしまった
朝日新聞出版「アサヒカメラ」 編集長、奥田明久さんが突然なくなられた。10月2日のことで「心不全」だった。52歳。現朝日旅行代表取締役専務・奥田信久氏の実弟。
奥田さん、逝っちゃったんだね。うむ、悲しいなあ。謹んでお悔やみ申し上げます。
私が運営していたマスコミ記者との懇親を目的とした勉強会「マスコミ夜話会」の第6回講師として出ていただいた。 2002年だったから今から8年前だ。「マスコミ夜話会」はその役目を終えたとして今はもうない。当時Asahi パソコン 編集長されていました。
奥田さんは横浜支局にいたとき、あの歴史的大スクープをものにした朝日新聞の「リクルート事件」の第一フェーズに出逢う。
県版扱いの小さな記事ではあったが、次第にその疑惑の炎は中央にまで伸び、ついに大事件に発展していくことになります。その第一報をものにした記者でした。
もし奥田さんの横浜支局時代の小さなリクルート疑惑発掘記事がなければ江副さんはもちろん当時の総理大臣まで失脚することはなかっただろうと思います。
その奥田さん、マスコミ夜話会でおもしろい話をしてくださいました。そのまとめをHPにアップしていましたので再現しておきます。奥田明久さんらしい、すごくいい話だった。
私は奥田さんのような、どこまでいっても硬派の人が好きだ。
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第6回「マスコミ夜話会」結果報告
テーマ:事件記者からIT記者へ
Asahi パソコン 編集長 奥田明久氏
■事件記者が伝授する駄目記者の見分け方(2-1)■
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特ダネ自慢や、偉そうに威張る記者は駄目です。社内でも手柄話を繰り返す先輩諸氏がいますが、調べてみますと、彼自身が調査取材をしたのではなく、事件関係者の談話を一つ取った程度の話なのです。
ジャーナルとは、記者が日々のことをきちんと記すもの。それが読まれ、社会が良い方へ向かえば・・・、と思い記者は「今日一日行き来しよう」と取材に出ます。だから、今日が終われば次の取材があり、過去の自慢話をする暇はないのです。
取材の時に、自分がペラペラ話す記者は駄目。相手から話を引き出さなければ取材になりません。 インタビューの前に、下調べをしてこない横着な記者もいます。なぜ、記者の良し悪しを話すかと言いますと・・・・・・。
どんな記者が駄目か、明らかにする理由は、広報担当者が取材などで知り合った記者とその後、どう付き合っていくかという時、こんな記者と付き合っていたら、「やばい」と感じて欲しいからです。
一方、記者は相手から取材拒否される場合もあります。84年に伊東で起きた連続わいせつ事件。発端は現職警察官が怪しいというタレコミでした。警察は頑なに事態の説明を拒否。そこで、僕は一日200件の聞き込みをして回りました。
聞き込み約4000件を越した頃、タレコミの真偽をつかむことができ、「現職警官の容疑晴れず」と新聞記事を書きました。ただし、警察が自らすべき立証を、記者がやったということで、当時の静岡県警は大変なオカンムリでした。
僕が編集長を務める「ASAHIパソコン」は報道というよりも情報誌です。パソコン業界に対して、批判記事を書いて、業界体質を改めろという役目を担っているわけではありません。
以前、発行したソフトバンクの孫正義氏に独占インタビューした特集号。売れ行き激減で、業界関係者に尋ねてみると「パソコン雑誌の購読者は、新聞のような報道記事を求めているのではない。もっと違う意味で買っている」とのこと。
しかし、パソコン市場は新しい業界なのだから、監視する必要はあると思います。経済誌の東洋経済や日経ビジネスなどはときどきパソコンメーカーなどを経済的な見地で叩いてます。僕もニュース的な正しい批判だったらやるべきと考えています。
■相手側の事情や視点を知り、積極的に活用すること(2-2)■
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プレスリリースと新聞原稿の大切な点は共通です。見出し1行で鮮明に内容が分かるか、5W1Hは抜けていないか、文章が簡潔であるか、語句や敬語に誤りはないか、独りよがりな内容ではないか、充分に確認してください。
プレスリリースは時間があれば編集部に郵送してください。最近はメールが普及して、一方的にメール送信して、あとで編集部に電話で「メールは見ましたか?」と尋ねられると、こちらは「そりゃないだろう!」と思ってしまいます。
ASAHIパソコン編集部には一日に約300通の大量なメールが届きます。どんな良い情報があるか分からないので、内容はすべて目を通します。だから、簡潔に分かることが、プレスリリースにはどうしても必要なのです。
周知の通りですが、相手の事情や視点に立つことは重要です。たとえば、ペルー日本大使公邸人質事件で、現地のメディア担当者が「日本人記者は私たちを舐めている」と激怒していました。理由を聞くと「いくつかのテレビ局が金銭や物と引き換えで取材させてほしいと申し出た」とのこと。
そこで、僕は担当者に謝り、彼が実は日本赤軍の情報を欲しがっていることを知り、その情報を提供して、それから互いに信頼関係を作って情報交換するようになり、人質事件の取材を進めることができました。
ゲリラの取材など、危険な状況はあります。しかし、僕は石橋を叩いても渡りません。
記者であることをめざすのではなく、良い記事を書くことが仕事だからです。
人はいつ死ぬか分からない、「今日」を大切にしようと思っています。 (談、2002/11/26、マスコミ夜話会で講演) http://s-pr.com/yawakai-1/report.php3?id=6


