梅原龍三郎の絵
【伝説のPR職人】のハスカです。
いわずと知れた梅原龍三郎の作品です。
私の、日本で一番好きな洋画家。
先生はルノワールに師事されたらしいが、確かにその片鱗はありますね。
実は、ルノワールはもっとも嫌いな画家の一人。
ちなみに一番嫌いな画家はセザンヌ。
好きなのはマチス 、ビカソ、ゴーギャン。
とにかく写実志向の作家や作品は嫌い。
一見、写実にみえても、見えたとおりに描いていない。
赤くみえても青に描く、それがいいんだ。
「対象・素材をいったん壊して美的に配置、再構築する」
それが芸術、というのが私の考え。
だから私にとって「写実」はまったく無意味。
上記の梅原の作品の中で私のイチオシは
上段左から2番目の「裸婦」だ。
赤の太線が血液のようでなんともエロチックだ。
梅原の美は「構図」と「色彩」につきる。
1日みていてもあきないからふしきだ。
ちなみに、私は三度のメシよりも絵を見るのが好き。
恥ずかしいことですが、私は、絵を見て感動のあまり
倒れて救急車をよばれたことが何度も。
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[梅原龍三郎について]
日本の洋画家。1888年呉服商の子として京都に生まれる。 1903年中学校を中退し、伊藤快彦、次いで浅井忠に洋画を師事する。同門には安井曽太郎がいた。
1908年フランスへ留学し、アカデミー・ジュリアンで学ぶ。ルノワールに傾倒し、1909年にルノワールを直接訪問して師事することになった。
1913年帰国し、ヨーロッパ滞在中の作品が注目を集める。その後二科展の創立に参加。1922年には春陽会の設立に参加している。(25年脱会)
この頃から、風景画や裸婦像を中心に、梅原龍三郎の作品の特徴である鮮やかな色彩と強靱かつ濶達な筆致が完成に至った。その後、昭和末期まで長年にわたって日本の洋画界をリードした。
1952年文化勲章受章。1986年98歳で死去。 代表作「桜島」「紫禁城」「北京秋天」など。
