吉四六(きっちょむ)」的発想法 | PRアイディア直売所 ~作って売るから安い~

吉四六(きっちょむ)」的発想法

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【伝説のPR職人】のハスカです。


タイトル:吉四六に学ぶ発想法

■発想力強化は訓練で可能(1/2)
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「発想」は私が研究している専門分野。「発想」こそがビジネスと人生を成功にもたらす最後のキーワードだと思っています。すべてのアイディアは素敵な「発想」から成り立っています。「発想」は才能ではなく、訓練によって身についていきます。

誰にでもある人生のワンシーンの中で、素敵な「発想」をどこで遭遇し、どう引き出し、どうつかみとるか。これらは訓練によって如何ようでもなるもの。

私は今年の2月14日のバレンタインデーに向けて、実験PRプロジェクト「たこ焼きのだじゃれPR」を敢行、成功させました。恋する乙女を対象に、好きな男性にチョコレートらぬたこ焼きを贈って「愛の告白」をしてみませんか、というものでした。

クライアントは大阪のたこ焼きの老舗「たこ昌」。愛の告白=コクハク=黒白と「だじゃれ」に見立て、たこ焼きの皮を黒と白の2種類にしてワンパックにして発売したところ、6000パックも売れました。マスコミ報道が奏功したのです。大当たり。

執筆:http://s-pr.com/super-prway/all.php?id=2681

この「だじゃれPR」の成功に気をよくし、PR手法のひとつに「だじゃれ」もアリだなと思うようになり、私のPR世界がいっきに拡がっていきました。

もちろんクライアントの中には「だじゃれPR」をよく思わないところもあるでしょう。汗水たらした事業がこんなふうに扱われるなんてと。マスコミ報道はそれくらい至難の技なんです。

逆にいえば「だじゃれ」ごときでマスコミ攻略できるならばこんなに安い投資もないと考えるべき。モノが売れない苦しい今こそ、「だじゃれ」を見直し、活用すべきではないでしょうか。

■とんち名人「吉四六(きっちょむ)」(2/2)
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「だじゃれ」は日本の落語文化に一脈通じ、その系譜を探るとは「とんち」にぶつかります。日本を代表するとんち者といえば、昔話や民話にもよくでてくる、吉四六(きっちょむ)、一休(いっきゅう)、彦一(ひこいち)の3人衆があげられます。

ご存知、吉四六は大分県生まれ、村落の代表者「庄屋」の出身。彼は出世してからも権力を嫌い、弱者や貧しい人に味方をしたことから義雄扱いも。地元大分県では、焼酎の銘柄や吉四六漬など、商品名にも採用されていることからも愛着心がうかがえる。こんな「とんち」エピソードがあります。

●柿の見張り番


ある日、吉四六の家の柿がたわわに実った。親は盗まれないように、吉四六に「柿の木を見ているように」と言った。しかし、自分自身も食べたくてしょうがない。おまけに村の友人がやってきて、柿を食べようと吉四六をけしかける。


そこで、吉四六は頓智を働かせ、友人と一緒に全部柿を平らげてしまった。畑仕事から戻ってきた親は吉四六をしかりつけるが、吉四六はこう言った。「柿の実は友達がもいで行ってしまったけど、柿の木はずっと見ていた」と。親は呆れて開いた口がふさがらなかった。

一方、一休は京都人。室町時代の大スターで、臨済宗大徳寺派の禅僧。人柄は自由奔放で、奇行が多かったといわれる。庶民に愛された反骨の破戒僧。

アニメ「一休さん」はかつて、テレビ朝日で1975年から7年間放送され、子どもらに人気を博した。なおアントニオ猪木らによって「一休の言葉」として使われていた「この道を行けばどうなるものか・・・」に始まる言葉は実際には一休の言葉ではなく、もとは清沢哲夫の「道」という詩が有力。

一休さんのとんち話としてあまりにも有名な一休ジョーク。「このはし渡るべからず」「真ん中を来ました」がありますね。そのほかにもこんなものが。

●仏様


檀家よりいただいたおはぎを、師匠から盗み食いをしないようくぎをさされていたにもかかわらず、一休さんは仲間とたらふく食ったあげく、仏様の口におはぎを塗っておいたのです。見つけられた師匠には仏様が食べたと言い張り、仏様を鍋に入れて煮てしまう。鍋に入れられた仏様は、「くたくた」と煮えたぎり、一休さんは師匠に「食った、食ったといっている」と言い張る始末。

最後の彦一さん。熊本県八代城の城下町の長屋に暮らしていた下級武士で、定職を持たず、時に農作業、時に傘職人などをして生計を立てていたといわれるが、モデルとなる人物は不明。大分の吉四六と距離的に近いこともあり、よく対比させながら引き合いに出されることが多い。その代表作的とんち話。

●生き傘

遊び好きの彦一は生活の金がなくなった。このままではと思い、傘を張って生計を立てることに。しかし、傘張りで生計を立てるのは難しい。そこで、彼は二階の窓に傘を吊し、店の看板とした。その傘は不思議なことに、晴れていれば独りでに閉じ、雨が降っていれば独りでに開く「生きている傘」に。そんな噂が評判を呼び傘屋は大繁盛。その噂を駆けつけた殿様が「生きていると評判の傘を譲って欲しい」といって購入した。

やがて雨の日が到来。しかし、殿様が傘をのぞき込んでも傘は開かない。怒った殿様が彦一を呼び出す。彦一は泣きながら「こいつは大変だ。傘とはいえ、生きとるものには、必ず食いもんがいります。殿様が傘に食べ物をやってなかったから、飢えて死んでしまったのじゃ」と告げると、殿様は呆れてひっくり返ってしまった。実際は傘は人に見られないうちに彦一がこっそりと手動開閉させていたのだった。

「とんち者」は大分、熊本、京都だけではなく、各地方にもたくさんいます。

・繁次郎(北海道江差地方)「江差の繁次郎」(代表作『キンキラキン』)
・佐兵(山形県米沢地方)
・さんにょもん(石川県能登地方)算入者、計算高い人が訛ったもの。
・赤陣太(愛媛県)
・泰作(高知県中村地方)
・またぜえ(福岡県)
・かんねどん(佐賀県唐津地方)
・日当山侏儒どん(鹿児島県隼人地方) 三年寝太郎

今から500年くらい前のできごと。ちゃっかりものの吉四六さん(大分)、とんち名人の一休さん(京都)、いたずら大好きの彦一どん(熊本)、こうした話には尾ひれがつくのが相場。また伝記作家が創作したという説もある。

しかし、ここでは歴史の真偽を問うことは止めましょう。私たちが見習うべきはその視点、その発想そのものなのです。難題をどういう視点、切り口で解決していったかという、心の状態を問題視すべきなのです。

私たち広報人は、情報提供の対象が既存マスメディアであったり、いまはやりのソーシャルメディア(メルマガ、ブログ、SNS、Twitter、フェイスブックなど)であったとしても「知らせる=報せる」コミュニケーションという行為であることは昔も今も変わりはありません。

時代をとらえた、楽しくもユニークな発想に基づくアイディア情報であれば既存マスメディアやソーシャルメディアも喜んで報道してくれるに違いありません。むしろ待っているのだと考えた方がいいかも。


プレスリリースづくりにもそうした遊び心あふれるユーモアセンスを盛り込みたいものです。