【視点】社外視点から発想(ミサワホーム)
■広報上手「ミサワホーム」(1/2)
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社内で凝り固まった内側からの発想ではなく、業界や広く社会全般から自社を見つめるという企業外発想や広報をすべきというお話を。
自社の殻に閉じこもっていると、外から見た自社の評価や企業イメージは見えないもの。それゆえ積極的に異業種会合に参加したり、雑誌やネットなど多くのメディアから他社の情報を研究し、自分の会社は業界でどのような位置にあるのかを知るべきと思います。
そうすることか最終的に私の提唱するソーシャル発想につながっていきます。広報パースンの仕事は第一義的には社内の企画調整機能ですが、これに徹するあまり、外が見えない「井の中の蛙」にならないように、ふだんから企業外部と接触しながらバランスの取れた発想や行動を訓練すべきと思います。
さて、事例としてはミサワホーム http://www.misawa.co.jp/
を取り上げます。現在の同社社長は元大臣の竹中平蔵氏の実兄で竹中宣雄氏になっていますが、創業者の三澤千代治さん (現在71歳、引退)が若かりし日頃の話だ。
氏は1967(昭和42)年ミサワホームを設立し、4年後の197(昭和46)年株式を上場、上場会社最年少社長(当時33歳)となり、その後ミサワホームを業界大手の住宅会社に育てた。
日本では馴染みがなかったM&Aによる拡大路線で業容を拡大してきたが、バブル期のリゾート開発や不動産投資などの失敗で抱えた巨額の有利子負債が重荷になり経営が悪化した。
UFJ銀行から総額1700億円の金融支援を受け、2003(平成15)年12月経営不振の責任をとって36年間務めた社長の座から降り代表権を持たな い名誉会長に退いた。翌2004(平成16)年には名誉会長も退任した。
昭和47年9月、名古屋地方を襲った台風20号によってミサワホームをはじめ東レ、大和ハウス工業、永大産業などプレハブメーカーの住宅の屋根がもろとも吹っ飛んでしまった災害があった。このとき、マスコミの取材はトップメーカーだったミサワホームに集中した。
建て替え作業には率先してとりかかった同社だったが、それが裏目に出てしまった。取り壊しのため全壊同様の姿となったところにマスコミが現われたからだ。翌日の全国紙には全壊同然の写真がデカデカと掲載され非難が集中した。
三澤千代冶社長(当時34)のテキパキとした事故処理に被害者のクレームはピタリとやみ、非難の声もしだいに消え去った。事故直後、三澤社長はすかさず記者会見を行い、事故の真相を伝えた、そして、低価格住宅の発表やプレハブ住宅値上げ見送りの発表など、次々と話題を提供することで事故のイメージを払拭していった。
ここで学んだことは自社に不利なことであっても「事実」を積極的に公開していく姿勢だった。ミサワホームはこの災害・事件を契機にマスコミ対応を一段と強化していった。
■業界全般から発信する広報(2/2)
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ミサワホームでは、当時マスコミへの情報サービスとして「Quality 21 Report」(A4判、30頁)と「Digest Report」(A4判、60頁)の2誌を発行しているが、なかなかの好評だった。現在は「Quality 21 Report」はやめているが、「Digest Report」は四半期ごとに配布の年3回に変わった。
これらは、通常のプレスリリース「Infomation Release」とは別に発行しているもので、住宅業界全般の話題を提供することによって、記事をまとめるときの参考資料としてもらおうというのが狙いだ。
当時の雑誌インタビューで、三澤社長は「住宅業界は、PR素材はいたるところにころがっているが、それをうまく料理するのがあまり上手ではない。わが社では、長年、住宅業界のPRを兼ねた何かを具体的な形であらわしたい、と考えていた。そこで、各界の有識者の意見なども聞いたりしてできたのが 「Quality 21 Report」というわけです」とその意義について答えていた。
このリポートはオピオンリーダーをはじめマスコミに配布していたが、テレビ関係者には当然絵になるところを求められるため、絵になるところを構成して「Quality 21 Report・テレビ版」も発行していた。発行は当時年に3回。
一方「Digest Report」は、毎月の新聞・雑誌記事から住宅関連記事を抜粋、分野別にまとめたもの。毎月10日には前月分ができているというスピーディさだった。国会図書館をはじめ、設計事務所や都道府県、あるいは市町村などの役所に配布しており、非常に重宝がられていた。これはクリッピング会社とよばれる業者から住宅関連記事を購入して冊子にまとめていた。
プレスリリース以外のニュースレターとしてマスコミの間ですっかり定着した2誌だったが、「住宅業界では、一社の広報というよりも業界全般の広報が重要。そのため、常にそれを心がけて編集しました」と広報課。
同社のとった戦略でユニークなのは出版活動だ。同社では従来、住まいに関する本を大手出版社から発行していたが、57年からミサワホーム総合研究所http://soken.misawa.co.jp/
からの自社出版に切り替え、本格的に出版事業として取り組み始めたことだ。その理由が実に「広報的」思想なのだ。
「いま、住宅の需要は飽和状態。建て増しは増えているが、新築はさっぱり。このような状況下、いまやらなければならないことは、暮らしを高めるためのソフト面での問題提起だ。直接販売に結びつくわけではないが、住まいに対する関心を高めるという点では効果がある」と三澤社長。
住宅会社が出版事業をやることがなぜ広報的なのか。キーワードは「ソフト面での問題提起」。住まいも時代とともに変わっていく。ならば時代とともに育っていく「住まいのありよう」を伝えていくには文字にして長いメッセージで知ってもらおうのが一番、出版化はそういう狙いがあった。つまり同社にとって出版はPRツールだったのだ。広報という視点がなければこの出版事業のアイディアは出なかっただろうと推察されます。
この2つのニユースレターに見られるように、いつも社内ではなく、社外からの視点・発想を活かして「業界からみた情報」「社会からの識者の意見」などを盛り込んだ広報ツールを作成して、メディアを含む図書館や行政機関など公的機関に提供していけば「評判のいい会社」となっていくわけです。
ミサワホームは常に広報が企業全体をリードしてきた好例だろうと思います。最後に同社ホームページから竹中宣雄社長の挨拶のことばをご紹介します。
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住まいという字は人偏に主と書きますが、もともとは鳥の「巣」の字を使った「巣まい」だったそうです。鳥の巣は、もちろんヒナを育てるためにあります。親は、かわいいヒナを風雨や外敵から守るために巣づくりをしています。
このような住まいづくりは、元来、子どものために行うべきだとミサワホームは考えます。子どもを心身ともに健やかに育てるためには、「巣まい」づくりの原点に返り、子どもの視点に立った住まいづくりを行うことが大切です。
この考え方は社名の「HOME」にも込められています。単なる器としての家(HOUSE)ではなく、家族のふれあいが感じられるような、暮らし方までトータルに考えられた住まい(HOME)を提供する。それはミサワホームが創業以来掲げている住まいづくりの理念です。 (了)